言葉のトランジット
グレゴリー・ケズナジャット著
講談社
『鴨川ランナー』の著者のエッセイ集

『鴨川ランナー』の著者によるエッセイ。群像Webというサイトで連載されたエッセイを集めたものらしい。
日本在住のアメリカ人が日常的に感じたことを書き綴ったというエッセイで、どれも個人的な身辺雑記の延長であり、テーマも多岐に渡る。エッセイなんだからそういうものと言ってしまえばその通りだが、何らかの一貫したテーマがあった方が、本を選ぶ方としては助かる。当初本書がエッセイ集だと知らずに、てっきり日米文化論みたいな内容だと勘違いして本書に接したため、そういう点ではやや期待外れであった。
ただ文章はしっかりしており(外国語をここまで完璧に操れるということが僕には信じがたいが)、内容についても、読んでいてそれなりに楽しめるものが多い。著者が日常的に感じるような日米文化比較みたいなものも当然あり、また、著者の米国在住時代の話や大学教員の視点からの話もあるため、著者に関心がある向きには大いに価値がある本なのではないかと思う。
概ねどのエッセイも十分読ませるものであるが、僕にとっては「俺を使わない僕」(日本語の「おれ」という言葉に対する思い入れ)、「言葉の出島」(普通に日本語のコミュニケーションができる著者だが役所などで担当者が英語で説明しようとするので、それに合わせて丁寧な英語で返答してしまうというような話)、「マイジャパン症候群」(日本に長く在住しているとそれが一種の特権のように感じてしまい、観光客などに対して軽蔑に近い感じ方を持ってしまう)、「ネタ集め」(道で派手に転び顔が血だらけになりながらも、小説のネタになるのではとつい思ってしまうという話)、「Because Plants Die」(公園の看板に書かれていた英語の奇妙さについて)あたりが面白いものだった。やはりこちらとしては「日本のアメリカ人」的な視点を期待するため、そういうものを好むわけで、著者の個人史に関わるようなものには、さほど興味が湧かない。
それより何より、書かれている日本語が、翻訳かと見まがうほどあまりに自然であるため、そちらの方に興味が湧く。現地の文学の研究者だからといって、若年時にその地で教育を受けていないにもかかわらず、外国語の書き言葉をこれほどうまく操ることができるようになるものなのか、それが大きな疑問として残る。もしかしたら実は誰かが日本語に翻訳しているのか、あるいは手を入れているのかも知れないが、それにしても日本語としての完成度は非常に高いと言わざるを得ない(しかも非常に読みやすい文章でもある)。感服する。





