真空飛び膝蹴りの真実
“キックの鬼”沢村忠伝説

加部究著
文春ネスコ

「ノンフィクション」としてはいかがなものか

 かつて一世を風靡したキックボクサー、沢村忠の評伝。著者の加部究はサッカー記者。なんでサッカーの人が沢村忠の本を書いているのかは知らないが、いかにもスポーツ本という感じで、読み物としてはよくまとまっていた。

 ただ全体に渡って沢村忠を持ち上げる記述が多く、これを読むと沢村が、常に周りに気を遣い、謙虚で慢心せず、武士道を貫く武道家であったというような印象を受ける。もちろん実際にそうだったのかも知れないが、ちょっと脚色が、というか著者の思い入れが激しすぎるんじゃないかとも思う。まあスポーツ読み物にはこういったものが多いのも事実で、エンタテイメントの要素が必要なのもよくわかる。だがこれを「ノンフィクション」として見るならば、ちょっといかがなものか……とも思う。

 さて内容であるが、沢村忠がキックボクシング界に身を投じてから引退するまでを、試合内容を中心に描いていくというものである。プロローグに続いて、沢村忠が、プロモーターの野口修に勧誘されキックボクシングという新しいスポーツに参入するところから話が始まる。この辺の事情は、50年以上前に放送されたアニメ『キックの鬼』でも詳しい(私の記憶が確かならば)。実際途中までは、ほとんど『キックの鬼』で見知った内容とかぶる。「途中までは」というのは『キックの鬼』が1971年までの放送だったためで、この本では1977年の引退、その後まで記述がある。沢村が身体の限界を悟りながら、日本のキック界のためと満身創痍で選手生活を続けていたことや、突然身を消したときの事情、その後自動車修理工の見習いをしたことなど、一般的にあまり知られていないことも紹介されており、内容は充実している。また記述も平易で大変読みやすい。だがやはり、少し持ち上げすぎじゃないかと突っ込みを入れてみたくもなるのだ。とにかくこの本に登場する沢村忠は、あまりに立派であまりに潔く、こんな高潔な人間が存在するのかというような、それはそれはすごい人なのである。そういうわけで、読むときはそれなりに割引しながら読むのが吉ではないかと思うがいかがだろう。

 いずれにしても、この本を読んだせいもあって、とにかく沢村忠の実際の試合の映像をもう一度見たいという気持ちが高ぶってきた。いずれDVDを何とか入手して……などと考えている今日この頃である。この本を読もうという方は、そのあたりまで覚悟を決めて臨まれたし。ちなみに沢村忠の歌声は、『キックの鬼』のテーマ曲、「キックの鬼」と「キックのあけぼの」で聴くことができる。いろいろCDも出ている(『オリジナル版 懐かしのアニメソング大全(4)』など)が、『懐かしのミュージッククリップ27 キックの鬼』が圧巻かも(ちなみに後者のCDは聴いたことがないので内容については保証できません)。

-日本史-
本の紹介『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』