刑務所の前 (1)〜(3)
花輪和一著
小学館
『刑務所の中』のアンサー本でありながら
超異色作!
著者によると、『刑務所の中』がヒットしたことから「刑務所の前」をマンガ化してくれという依頼が出版社から来たために本書を執筆したということである。言って見れば本書はアンサー本ではあるが、そこはやはり花輪和一、単に刑務所に入るまでのいきさつを描くのではなく、(近世あたりを舞台にした)別の物語を同時進行で展開させるという離れ業をやってのけた。もっともこの物語、「刑務所の前」の話とあまり関係なく(どこかで結びつくかと思っていたが)、関連性があるとしたら主人公の父親が鉄砲鍛冶をやっているというあたりで、モデルガンの改造にいそしむ著者の姿とそれが重なるという点ぐらい。しかしこの時代劇も、人間の業を描いた意欲作であり、登場人物も魅力的で、笑いの要素もところどころ散りばめられている。物語としての水準は非常に高い。
とは言え、『刑務所の中』のファンからすると、やはり一番関心が高いのは「刑務所の前」の話ということになる。先ほども書いたように、著者が逮捕された理由がモデルガンを改造したというものであり、本書を読む限り、芸術作品の製作やモノの修理などと共通するようなマニアックな趣味にしか過ぎないということがわかる。それを使って犯罪を行うということが目的ではないわけで、これを犯罪とする(そして実刑にする)ことに意味があるとは思えなくなる。教条主義のためにいびつに歪んだ社会の一端が、こういう部分からも窺えるというものである。
途中、著者自身をキャラクター化した「花子」という美少女が出てきて、趣味の対象である銃を手に入れたりするんだが、このキャラクターが非常に面白く、焦ったりすると途端に顔がひげ面のオヤジ(花輪氏の似顔)に変貌したりするのも楽しい。一方でこの花子が、死んだ母親に大きな怨みを抱いているような描写もあり、それはおそらく著者の母親に対する感情を反映しているんだろうが、どういう背景があるのかわからないが読んでいて辛くなる。作者が抱えるいろいろなものが反映されるのが芸術作品であることを考えると、そういう点でこの作品も高度に芸術的であると言えるわけである。完成度も高く、芸術として十分鑑賞に堪える作品である。