「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔

森達也著
角川文庫

ドキュメンタリー作家に必要なのは
立ち位置をしっかり決めることだ

 著者の森達也は、1996年のオウム騒動渦中に、オウム真理教本部にドキュメンタリー取材を申し込み、その後1年に渡ってオウム真理教の広報担当、荒木浩に密着して映画を製作した。この映画『A』はその後、あちこちで高い評価を受けたが、この本はその撮影経過を記録した『「A」撮影日誌』の文庫版。

 映画『A』は、オウムの中から世間を見るというコンセプトだったらしく、そのために著者は、当然オウムの側にも外の世界にも一切与しないという姿勢を貫いた。ところが世間の側にいる人間から見ると、オウムの味方をしているということになるらしく、そういった心ない中傷も浴びせられたという。しかし著者の姿勢には、逡巡しながらもその立場を貫こうという姿勢が終始垣間見える。そういう部分が映画の成功に繋がったのではないかと思う。

 僕はまだ『A』を見ていないので断定できない部分も多いが、本書から窺えるのは世間の異常な狂騒と、マスコミの画一的な切り取り方、本質を見ようとしないで空気に流される一般人という図式である。もちろんオウム真理教の一連の事件は、僕自身も薄気味悪さを感じたし恐怖感も感じたが、当時のマスコミ報道の異常さには正直辟易させられた。特に江川紹子や有田芳生がテレビで敵意をむき出しにして教団批判を繰り返しているのに違和感を感じたのも事実。

 著者は、安易な情報を無批判で吸収して、感情だけで考えなしに行動することの危険性を再三指摘する。他の著書とも一貫しているが、自分の目で確かめ自分の頭で考えた上で行動すべきであることを主張し、世間に糾弾される側のオウム真理教の目線で外の世界を見ることで、世間の異常なヒステリー状態をあぶり出していく。実に明解である。もちろんオウム側に対しても、批判的視線を向ける。ただそれは、一般的なマスコミが祭りのようにはしゃいで弱い立場のものを攻撃していく姿勢とは一線を画している。中立性を保ちながら、普通の目で周辺を見ていこうという意図が見えてくるため、1人の表現者として著者には信頼が置けるような気がする。もちろん詳細については『A』を見なければ何とも言えない。しかし少なくとも、この本を読んで無性に『A』を見たくなったのは確かである。金銭的支援がどこからも得られず、ほとんど自主映画のような状態で作り上げた映画、しかも技巧的な編集は極力排除したというこの映画がどのようなものか是非見てみたいと感じた。

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