黴の生えた病棟で
ルポ 神出病院虐待事件

神戸新聞取材班著
毎日新聞出版

閉鎖的な空間が虐待事例の温床になる

 神戸にある精神科病院、神出病院で、看護師による患者への虐待(放水、監禁、性的虐待)が繰り返されていたことが判明したのが2019年末。その後、事実関係が明るみになり、虐待に関わっていた看護師6人が準強制わいせつの容疑で逮捕され、その後有罪が確定した。この事件を地道に報道してきたのが神戸新聞で、その顛末をまとめたのが本書である。

 神出病院側は、事件後も隠蔽体質を変えず(名目上の)再発防止委員会を作ったりしたが、状況が改善されることはなかった。その後、2021年に院内で同様の虐待事件が再び起こり、ここに及んで、院長の交代、第三者委員会の設置というふうに推移していき、次第に事件の全容が明らかにされるという結果になった。その間も、神戸新聞は地道に報道を続けてきたらしい。

 本書によると、看護師による虐待が始まったのが2009年で、当時の院長(本書では「A院長」)が赴任したのがその2年前。この院長が赴任してから、院内の空気が変わり、患者に対する扱いがひどくなったという。入院患者の数を増やすと同時に働き手の医療従事者を減らすことで収益をあげようという方針だったようで、それに呼応するようにスタッフにもストレスが溜まり、徐々に虐待がはびこるようになったようである。挙げ句に院内の設備も修繕などが行われず、タイトルにあるように病棟の天井に黴がびっしり生えるというような状況になった。

 新たに赴任してきた看護師なども、当初は虐待を目にして違和感を感じるが徐々に慣れていき、患者を物のように扱うようになっていった、その結果が事件に繋がったということで、院内に醸成された空気が人を変えていったというのが本書の推理である。結論としてはA院長の人間性がすべての原因というところに落ち着くわけだ。

 その後、新しい院長によって大胆な改革・開放が行われ、かつてのような虐待はなくなったと言われるが、今でもこの病院に対する世間の目は当然厳しい。このような改革の過程も本書で紹介されており大変興味深い。さらには、現在の日本の精神科医療が持つ性質自体が患者の軽視に繋がっているという論考もあり、精神科医療制度自体に抜本的に改革が必要という提言もある。実際、神出病院事件以後も、滝山病院などで同様の虐待が明るみになっているし、相模原障害者施設殺傷事件も同じ時期に起こっている。同じような事件がいつまでも繰り返されるところを見ると、明るみに出ていない事例もまだ大量にありそうで、うかうか精神科病院を利用するわけにもいかないと感じる。

 学校のいじめやハラスメントの事例にも共通するが、風通しの悪い閉鎖的な空間があらゆる虐待事例の温床になるということは、すべての人が認識すべきではないかと思う。それを考えると、精神科病院を閉鎖的にしてしまうことに根本的な問題があると言えるわけで、秘密主義・秘匿主義に諸悪の根源があるのだなどとつらつら考えたのだった。