ある裁判の戦記
竹田恒泰との811日間の戦い

山崎雅弘著
かもがわ出版

スラップ訴訟対処法

 明治天皇の玄孫であると自称して差別的言動を繰り返している「評論家」竹田恒泰が、2019年に富山県朝日町教育委員会主催の講演会に呼ばれることになった。この講演会、「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」というタイトルで、域内の中学生・高校生の参加を義務付けるというもの。この竹田という人、自国を過剰に礼賛(ほとんどは勝手な思い込みによるものだが)することで、相対的に他国を貶めるという論法を使って差別的な言動を繰り返してきた人間で、そのような差別主義者を教育委員会が(公金を使い)呼んで、偏った反動的思想を中高生に植え込もうとすることに問題があることは普通の頭で冷静に考えればわかる。

 本書の著者である山崎雅弘はこれに疑問を持ち、当時ツイッターに、この問題を取り上げた3連ツイートを投稿した。そのツイートで竹田のことを「人権侵害常習犯の差別主義者」と論評し、教育委員会が差別主義者を呼んで講演会を行う(しかも若者に〈強制的に〉聴かせる)ことを批判した。このことは一部で評判になったようで、リツイートが広がったようである。朝日町教育委員会は、こういった批判の声が大きくなったせいかわからないが、その後この講演会を中止するという決定を下した。

 竹田は、この決定に怒りが収まらなかったのかどうだか知らないが、あろうことかその責任をツイッターの投稿者、リツイートした人々に負わせ、著者に対してこの講演会関連のツイートを即刻削除し、謝罪しなければ訴訟を起こすと脅してきたのである。またリツイートした人に対しても同様の措置を取っていた。著者は困惑したが、ツイートの内容が事実であるだけでなく、このような言論封殺に反対する立場から削除を拒否した。これを承けて竹田側は、著者に対して、名誉毀損に対し慰謝料500万円(!)を請求した訴訟を起こしたのだった。

 一方で著者は、リツイートしていた人々に対して(迷惑がかからないよう)リツイートを解除するよう訴えていたが、その中の一人である内田樹はリツイートの解除を拒否し、言論封殺に対しては断固闘うべきと訴え、著者に対して支援を申し出たという。このような経過で竹田との裁判は始まったのだった。同時に内田樹の提案もあり、この裁判の記録をしっかり残して、その記録を後で書籍として出版しようという話もまとまった。さらにクラウドファンディングで裁判資金を集めるというプランも内田によって提案された。

 資金集めは内田主導で行われ、結果的に1000万円を超す金額が集まった。一方で裁判は、竹田側が公判に出席することもなく淡々と進む。竹田は自分の主張のみを書いた膨大な陳述書を出してくるだけという有り様で、本当に真面目に裁判するつもりがあるのか疑問に感じるような、「いかにもスラップ訴訟」という空気が漂う。著者側は、竹田側の一つ一つの主張に反論し、同時に竹田が「人権侵害常習犯の差別主義者」であることをこれまでの言動から証明していく。

 やがて約1年後に結審し判決が出るが、結果は著者側の全面勝訴。その後の控訴審、上告審でも著者側の勝訴に終わる(控訴審と上告審についてはまったく必要性が感じられないが)。そして当初の予定通り、これまでの過程がかなり細かく記録され、書籍の形で世の中に出されたのが本書ということになる。そのため本書は裁判記録でもあり、突然スラップ訴訟で提訴された一般人がどのように対応すべきかのガイドラインにもなる。だが一方で、この裁判がマスコミで取り上げられるということもあまりなく、当然今回の訴訟の問題性が取り上げられることもなかった。日本の言論のレベル低下がこういうところにも現れているのかわからないが、スラップ訴訟が増加しつつある現在において、大変憂慮すべき事態である。そういうことを考えると、ガイドブックとしての本書の役割と価値も非常に大きなものになる。

 本書からは、一般人が訴訟に携わることの大変さも十分伝わってくる上、スラップ訴訟の問題性もよくわかるようになっている。スラップ訴訟を起こした側が、大きな打撃を受けることなく他者の言論を封殺できることも、この裁判記録から窺うことができる(この裁判では被告が勝訴した結果、原告側に課されることになった被告側訴訟費用の負担額は、結果的に2万円程度であった)。実際、竹田は、いまだに同様の講演を続けている(陸上自衛隊が、この判決後に同様のタイトルの講演会を開いている)有り様である。国や地域によってはスラップ訴訟自体が禁止されている場所もあるほどで、それを考え合わせると、スラップ訴訟自体に問題があることは明らかである。(スラップ訴訟に見られるような)力のある者によって社会正義が蹂躙されるような社会は決して健全ではないのであって、そのことはもっと周知されなければならない。そういう意味でも本書の価値は大きいのである。また本書は、全編に渡って、記述が真に迫っているため、一気に読み通すことができる上、その背後の事情もよく伝わってくる。単なる裁判記録にとどまらない価値ある一冊になった。

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