空也上人がいた
山田太一著
朝日新聞出版
まずラジオドラマを聴くと良いでしょう
脚本家、山田太一が2011年に書き下ろしで発表した小説。
主人公は27歳の介護ヘルパーで、他には女性ケアマネージャと老人が登場し、この3人の関係を軸に話が進行する。
冒頭から、山田ドラマ風のいかにもな出だしで、山田太一建材を印象付ける。またセリフも山田太一風の独特な言い回しで、今となってはやや古さを感じさせるが、魅力もある。
逡巡する介護ヘルパーの生活がストーリーの中心になるが、謎めいた老人との関わりや虚実入り混じったような物語が魅力と言える。
今回この本を読んだのは、同じく2011年に放送されたラジオドラマ、『FMシアター 空也上人がいた』を先日YouTubeで聞いたことがきっかけで、このラジオドラマは、まったく山田ドラマの体裁になっており、ドラマ化するとこうなるという形が見える、よくできた作品であった。なお、このラジオドラマ版では、介護ヘルパーを笠原秀幸、ケアマネージャを若村麻由美、老人を大滝秀治が演じるというなかなか豪華なキャストで、セリフ回しは山田ドラマ風であった。おそらく山田太一が、演出にも関わっていたのではないかと思われる。また、音楽も大島ミチルが担当しているなど、結構な力作なのであった。埋もれさせておくのがもったいないような作品である。
ラジオドラマを聞いた後に、今回原作に当たってみたわけだが、内容はドラマと原作でかなり共通しており、セリフもほとんど同じであった。(おそらく時間の関係で)内容は一部省略されていたが、気になるほどではない……というかほとんど気が付かないレベルである。大滝秀治と若村麻由美が好演で、テレビドラマになっていても高い質が保たれていたのではないかと思う。ただテレビドラマにする必然性はあまりなく、ラジオドラマという選択肢はむしろ良かったのではという気さえする。
僕自身は、これまで山田太一の小説は何冊か読んでいるが、山田太一は小説よりドラマの人と思っているため、圧倒的にドラマの方が良いと感じる。もちろん小説をドラマ化したものもあって、それはやはり質が高いものが多いのだが、小説自体にはこれまであまり魅力を感じなかった。ただこの『空也上人がいた』については、非常にドラマ的な作られ方をしており、違和感はまったくなかった。作者がドラマを想定したような書き方をしていた可能性もある。そのままラジオドラマになったことからもそれが窺われるが、いずれにしてもこのラジオドラマ、再びどこかで日の目を見せたい作品であった。原作小説が現在絶版中であることを考えると、このままどちらも埋もれてしまう可能性が高いと思うが。