光圀伝 上

冲方丁著
角川文庫

徳川光圀と「水戸黄門」は別もん

 『天地明察』の作者による『天地明察』スピンオフ小説。『天地明察』で特異なキャラとして登場した徳川光圀にスポットを当てた伝記小説である。

 本来であれば長子が世継ぎになるべきところを次子である光圀が継いだため、光圀本人はその継嗣に「義」がないのではないかとずっと悩み続ける。若い頃はそのためにぐれて、無頼を働き、あげくに何の咎もない無宿人を殺すことになる。そのときに立ち会っていた宮本武蔵らに大きな影響を受け、やがて自身の義を見つけ出して、徳川御三家の水戸藩を継承するというストーリー。義をストーリーの中心に置き、義を巡って登場人物たちを動かしていくという趣向は面白い。

 この著者の特徴はキャラクターの描き方がうまいことで、『天地明察』同様、この小説でも、光圀はじめ、正妻の泰姫、兄の頼重ら魅力的な登場人物が目白押しである。宮本武蔵や沢庵和尚まで出てくるのは少々行き過ぎのようにも思えるが、エンタテイメントなんだから良しとする。また、『天地明察』の主人公、渋川春海しぶかわはるみも登場し、『天地明察』と同じようなシーンが出てくる。同じシーンを光圀側からの視点で描いているわけで、別の小説で異なった視点から1つのシーンを描くという趣向は斬新で、面白い。

 他にもテレビドラマ『水戸黄門』でお馴染みの佐々木助三郞、渥美格之進のモデルである佐々宗淳さっさむねあつ介三郎すけさぶろう安積澹泊あさかたんぱく覚兵衛かくべえも登場。風車の弥七やうっかり八兵衛は当然のことながら出てこない(あれはドラマのキャラ)。黄門様が助さん格さんを引き連れて諸国を漫遊するというネタは、佐々宗淳らが、光圀の畢生の事業である『大日本史』の資料集めのために全国を旅したことから起こったものだそうだが、この小説で語られる徳川光圀、佐々、安積のイメージとはほとんど重なる部分がない。そのあたりに逆に面白さを感じる。

 また『天地明察』でもそうだったが、当時の時代背景が丁寧に描かれるため、(著者の解釈による)当時の空気が非常によく伝わってくる。歴史がよく描かれていると言うべきか。こういった点もこの小説の大きな魅力である。

 文庫本で上下2分冊、計1000ページに及ぶ大著だが、シーンが目に浮かぶような映像的な表現が巧みで、またエンタテイメント的な話の運び方のせいか、読むことはまったく苦にならない。儒学関連の少々難しい事項も出てくるが、すんなりと頭に入るため、どんどん読み進めることができる。ただし、題材のせいかスピンオフだったせいかわからないが『天地明察』ほどのキレはないと感じる。それでも著者の筆力のせいで、途中読むのをやめられなくなる。歴史好きにはたまらない本ではないかと思う。

第3回山田風太郎賞受賞

-文学-
本の紹介『天地明察 (上)(下)』