天地明察 上

冲方丁著
角川文庫

抜群に面白い! お奨め

 昨今あまりフィクションは読まないが、ましてや最近書かれた(古典ではない)小説など滅多に読まないんだが、この小説は、碁打ちでありながら日本に新しい暦を導入した安井算哲こと渋川春海しぶかわはるみが題材ということで興味が沸いたため読んでみた。そして久しぶりに感心した。非常に面白い!

 まずキャラクターが非常にうまく描かれている。本因坊道策が春海に対局を迫り、それに春海が応じないとムスッとするなど、キャラクター同士の関係性の表現も実に見事。また、春海の上司に当たる建部昌明、伊藤重孝が子どものように喜ぶ姿も新鮮で微笑ましく感じる。保科正之や水戸光国、酒井忠清、それから関孝和などの有名人についても、描写がうまいため、眼前に活き活きと現れてくるように感じる。場面場面も映像が目に浮かぶように活写されており、そのまま映画化できるのではないかと思うほどである。

 渋川春海については、江戸時代前期、貞享暦を作成したというぐらいしか学校では教わらない(もっともほとんどの学校では時間の都合および教師の好みのために文化史にはほとんど触れないため、学校で教わることはないに等しい)が、この小説では、暦の改訂がどのような意味を持つか、また当時の日本でどれくらいの難題であったか、それを実現したことがどれほどの偉業であったかというのがよくわかるようになっている。内容が内容だけに、随所に細かい説明が出てきて、話の流れが中断するように感じられる部分もあるが、しかしこれがなければ登場人物の行動自体の意味がわからないので、致し方ない。説明の分量は必要十分であると思う。ただし僕個人、暦の問題については石川英輔の本でこれまで何度か読んでいたため、ある程度の知識があった。まったく知識がないと難解さが少し増すかも知れない。

 巻末に参考文献が取り上げられているのも、小説らしくはないが非常に良いと思う。特に和算と暦についてはかなりの知識がなければこれだけの小説をものすことはできないだろう。著者がどこからこの知識を仕入れたかは興味深いところで、僕自身も今後何冊か当たってみたいと思う。著者、冲方丁(「うぶかたとう」と読むらしい。読めないよ)は、SFやファンタジーをもっぱら書いていたそうで、本作あたりが時代小説の最初だったらしい。この後、この小説のスピンオフなんだかどうだかわからないが『光圀伝』という水戸光国(光圀)を題材にした小説を書いていて、こちらも人気が高いようである。『光圀伝』については少し興味が湧くところだ。また本作は映画化もされているが、内容から考えると、メディアとしては小説の方が合っていると思う。映画版は滝田洋二郎が監督し、渋川春海を岡田准一、えん(春海の相手役の女性)を宮崎あおいが演じているらしい。僕が小説で抱いていたイメージとは大分違うが、もちろんそういった感想は映画化につきものではある。問題なのは、原作というか史実を一部改変している(垂加神道の山崎闇斎が暗殺されるなど)点で、こういう改変が必要だったのかははなはだ疑問である。

-文学-
本の紹介『光圀伝 (上)(下)』
-日本史-
本の紹介『ニッポンのサイズ』
-日本史-
本の紹介『江戸の宇宙論』