美しく、狂おしく
岩下志麻の女優道
春日太一著
文藝春秋
戦後の日本の映画界が
一人の女優の視点で語られる

女優、岩下志麻のインタビュー本。
1958年にNHKの連続ドラマ『バス通り裏』でデビューし、その後、松竹で専属女優として活動した女優である。
かつては可愛いおしとやかなタイプの女性を演じることが多かったが、だんだん激烈な女性を演じることが多くなり、今ではそちらの方でイメージが定着している。おそらく今は『極道の妻たち』のイメージで見られることが多いんじゃないだろうか。
僕などは、小津安二郎の『秋刀魚の味』のイメージが非常に強く、『極道の妻たち』で出てきたときは、正直なんであんな役やるんだろうかと思ったくらいである。そのあたりの事情についても本書で語られていて、最大の動機は、東映との仕事に魅力を感じたからということのようである。女優をとても大切にする松竹と異なり、東映は専門職が集まったプロの集団という感じで、そこに参加することに喜びを感じたというのである。
もちろん『秋刀魚の味』の話も詳細に語られ、小津安二郎の演出方法が紹介される。例の「巻尺をもてあそぶシーン」についてもかなり細かく語られており、現場に立ち会っていた人物(つまり岩下志麻)の口からその作品の裏話が語られるため、大変興味深い箇所である。
他の映画監督、木下恵介、中村登、野村芳太郎、五社英雄らの演出方法や現場、そしてもちろん夫の篠田正浩についても詳細に語られている。それぞれの監督の作品、つまり岩下志麻の出演作品であるが、撮影時の演出の方法論についてもかなり詳細に紹介されている。
岩下は当初、バイト感覚であまりやる気の無い女優であったらしいが、さまざまな人々と出会い、いろいろな現場に立ち会うことで、役者稼業にどっぷりはまっていくことになる。彼女は、撮影の期間、私生活の段階から完全に役に入り込むという方法論をとり、現場の待ち時間でも周囲の人々にそういう態度で臨むというのである。したがって、強烈なキャラクターを演じた後は、元の素の状態に戻るのに数週間かかるという。特に彼女はキャリアの後半で、『極妻』もそうだが、強烈な、あるいは狂気を帯びたキャラクターを演じることが多くなったため、素に戻るのに時間が余計かかるということもあったらしい。
篠田正浩と共同で設立した表現社(映画プロダクション)についても語られており、こちらも日本の映画史を語る上で重要な史料と言える。要するに、当事者が当時の映画作品と映画界について率直に語っている点で、本書は資料として非常に価値が高いと言えるわけである。特に岩下志麻は、今に残る優れた作品に多数出演しているため、内部の人間がその作品について内実を明らかにするという点で、一層価値が出てくる。難を言えば、取り上げられる作品にテレビドラマが少なかったことで(NHK大河ドラマ以外はほぼなし)、『早春スケッチブック』や『さよならの夏』などについて、話を聞きたかったとは思う(『早春スケッチブック』については少しだけ触れられている)。
インタビュアーも必要以上に出過ぎず、うまく話を引き出していると感じる。インタビュー本はこうでなければならない。