電柱鳥類学
三上修著
岩波科学ライブラリー
見慣れた景色が一変する
タイトルの「電柱鳥類学」とは、著者が作った造語で、実際にはそのような学問分野はない。著者は電柱・電線と鳥類が無類に好きらしく、そのために「電柱・電線に止まっている鳥」というものがきわめて大きな関心の対象になっているという。その結果、鳥の止まり木、あるいは営巣の場所として機能している電柱・電線に注目して、鳥との関係を調べようという態度でアプローチしたのがこの「電柱鳥類学」ということになる。
つまり、電柱・電線マニアで鳥類マニアの著者が、電柱と鳥の関係に学術的に迫ったのがこの本である。マニアの話は、第三者的に聴いている分には非常に面白い……という見解を僕はこれまでたびたび主張してきているんだが、この本もご多分に漏れず、話の内容がマニアックで、非常に面白いと感じる。普段目にしているはずでも、特に興味がない限り、電柱・電線や鳥に注目することなどないだろう、普通の人は。この本は、そんな人に対して新しい見方を提示してくれるのである。
最初に電柱・電線の説明が出てくるが、この話からして興味深い。電柱に渡されている電線が3種類ある(高圧線、低圧線、通信線)などということすら僕は知らなかったわけで、「へえ」と感じることしきりである。
その後、電線に止まる鳥の習性に始まり、電気会社と鳥との戦いに至るまで、鳥と電柱・電線の関係がいろいろ語られ、さまざまなトピックが紹介される。どれもそれほど微細な事柄ではないため、こういうものに興味がある人には驚きはないんだろうが、僕は本当にまったく興味のなかった分野でしかもまったく知らないことばかりだったんで、感心するばかりであった。実際、この本を読んだことで、電柱・電線や鳥に目が行くようになった。世界が少し広がったような気がする。
本自体は100ページちょっとで、しかも語り口が優しく読みやすいため、気安い感覚で読むことができるのも良い。現在電線の地下化が全国的に進められようとしており、そうすると今の電柱・電線と鳥の関係も今後変わってくるというのが、著者の見解である。電柱・電線が街に張り巡らされてからまだ200年も経っておらず、日本ではせいぜい150年。その間に鳥と電柱・電線との間で現在のような共存関係ができあがったわけだが、これも間もなく無くなるかも知れないわけである、著者によると。つまり長い人類と鳥の関係の中でほんの数百年間の関係に今我々は立ち会っているということになる。そんなこと今まで考えたことがなかったので、そういう見方を示されると、納得すると同時に、自分の世界がさらに一層広がったような気がしてくるのだ。不思議なものである。こうして、見慣れた景色も新しい視点を導入することで、まったく別の風景に変わるということが実感できるのだった。