山本直純と小澤征爾

柴田克彦著
朝日新書

2人の音楽人の軌跡……そして奇跡

 タイトル通り、音楽家、山本直純と小澤征爾の関係や、彼らの仕事を紹介した本である。

 山本直純と小澤征爾は、知らない人のために紹介しておくと、2人とも音楽家で、小澤征爾は世界的に有名な指揮者であり(存命)、山本直純は、テレビ番組などを通じて、クラシック音楽を日本人に紹介していく活動を続けた人である。当時いろいろなテレビ番組(バラエティ番組を含む)に出演していて、やたら派手なパフォーマンスを繰り返すため、怪しげな音楽人という印象だった。正直なところ、音楽人であるかどうかさえ怪しいという印象を、子どもの頃の僕は持っていた。「エールチョコレート」や「日本船舶振興会」のCMにも出ており、風貌も含めてかなりの怪しさだったのである。

 だがしかし、その実、小澤征爾が「音楽の才能は彼の方が圧倒的に上」と語っていたというほどの才人だったらしい。実際、直純と小澤は、桐朋学園の齋藤秀雄の弟子であり、言って見れば兄弟弟子であった。しかも小澤が入門したばかりの頃は、齋藤の代わりに直純が小澤に指揮を教えていたという(齋藤は、弟子に指導させるということを当時頻繁に行っていたらしい)。そしてそのとき、小澤は直純の才能を思い知ったのだった。

 その後、小澤は単身フランスに渡り、あれよあれよという間に出世し、世界でトップレベルの指揮者になっていく。一方の直純も、国内で作曲活動や音楽啓蒙活動を行い、オーケストラを新しく作ったり(新日本フィルハーモニー交響楽団)、テレビで音楽啓蒙番組を始めたり(『オーケストラがやってきた』)、活発に活動している。小澤も帰国したときは新日本フィルの演奏会に出演したり、『オーケストラがやってきた』にもたびたび登場していた。直純と小澤、両者の良好な関係がよくわかるというものである。その後も、2人とも積極的に音楽活動を続け、良好な関係も維持していき、そのあたりが本書で紹介されていく。

 著者は音楽評論家で、山本直純が指揮した演奏に若い頃接したことがあり、山本直純には特別な思い入れがあるらしい。そのせいか「直純は天才」というフレーズが再三登場する。音楽雑誌によく見られるような、やたら大げさな表現が随所に出てくるのは、著者が音楽評論家であるためかわからないが、すべてを額面通り受け取らない方が良い。この本で直純の作品をあまりに持ち上げているため、僕も今回直純のCDを何枚か聞いてみたが、確かに面白いものもありはするが、総じてそれほど価値があるとは思えなかった。僕は決して、直純の才能を軽視しているわけではないが、著者の「宣伝」が適切だとは思えない。読む際はそういう点を差し引いて考える必要がある。音楽評論というのは総じてそういうものかも知れないが。

 そういうわけで、山本直純と小澤征爾の経歴はよくわかるが、その評価については話半分で受け取るべきという類の本である。ただ本書で一つ驚いたのが、この2人の人脈がすごいということで、芸術家は言うに及ばず、財界人から右翼まで、非常に多岐に渡り、ことあるごとに支援を受けているという点である。そもそも小澤征爾が単身ヨーロッパに渡ることができたのもの、財界人(学校の同級生の親族だったりするんだが)の支援があったためだ。また、小澤征爾が、日本芸術院賞授賞式の席で、日本フィルの窮状を昭和天皇に直訴したという話も今回初めて聞いた。このように得るものはあちこちにある。取材も多岐に渡っており、決していい加減で生半可な本でないことはわかる。