小説より奇なり

伊丹十三著
文春文庫

(結果的に)『日本世間噺体系』の前フリみたいになった本

 1972年に発行された伊丹十三のエッセイ集。

 全体の構成は、「この人の塩梅」(各界著名人による食についての話)、「人生劇場」(珍しい経歴を持つ人々の話)、「伊丹十三の編集するページ」(著者の知人の著名人に、頭髪やペットについてインタビューし新聞形式で紹介)の3種類に大きく別れている(各項の順番はランダム)。どれも伊丹十三お得意の聞き書きで、伊丹十三らしく肉声が伝わってくるような記述である。ただしそのために多少の読みにくさが一部に残っている(「アー」とか「アノ」とかもそのまま入れて書いてるんだな)。

 「この人の塩梅」では、輪島大士(力士)、荻昌弘(映画評論家)、立原正秋(小説家)といった人に食のこだわりなんかを聴いていくが、もう一つ面白さを感じなかった。内容もそれほど奇天烈なものがなく、そうなれば、対象となる人間に関心がなければ特に興味が湧かないのも当然である。唯一面白いと思ったのはオペラ歌手の藤原義江の項で、藤原義江の人間性が文章と文章の間から伝わってきた。藤原義江を目の前にしているかのような臨場感もあって、聞き書きとして非常に水準が高いものになっている。

 「伊丹十三の編集するページ」も、学級新聞のようなレベルで、ちょっと悪ノリが過ぎるという印象である。映画『タンポポ』(伊丹十三が監督した作品)に見られるような「やりたい放題」の部分がある。漢字やカナの表記も意図的に擬古文風にしており、明治文学のような雰囲気は出ているが読みづらいったらない。

 この本で一番面白かったのは「人生劇場」で、昭和天皇が行幸で宿泊するときに立ち会った現地の人、元ボクシング世界チャンピオンのプリモ・カルネラと異種格闘技戦をやった柔道家、イエメンのアデンで強盗団に拉致されそうになった人、旧日本軍で蚊取り線香作りをしていた技術者など、変わった経歴の人が変わった経験を語っていき、これが実に面白い。聞き書きの名人、伊丹十三の本領発揮で、まさに「小説より奇なり」の世界である。で、こういったちょっと変わった経験の聞き書きが、この後の『日本世間噺体系』につながっていくんだろうと思う。『日本世間噺体系』は、さまざまな分野の人々のさまざまな珍しい話を聞いているという感覚で、どの話も非常に楽しめる。それにどれも世間話の延長みたいなノリで、実に気軽である(なお、こういう話が出てくるのは『日本世間噺体系』の後半で、前半は伊丹のエッセイ。偏屈な伊丹の本領が発揮されている)。

 今回、映画の『タンポポ』(監督:伊丹十三)を久しぶりに見たんで、『小説より奇なり』と『日本世間噺体系』(かつて伊丹十三のエッセイを何冊か読んだがこの2冊が群を抜いていた)を数十年ぶりに読み直してみたんだが、僕としては『小説より奇なり』より『日本世間噺体系』をお奨めしたいところだ。『日本世間噺体系』に収録されている「プレーン・オムレツ」の項は特に出色で、映画『タンポポ』のオムライスのシーンにもその内容が反映している。

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