かつをぶしの時代なのだ

椎名誠著
情報センター出版局

昭和軽薄体は遠くなりにけり

 椎名誠といえば、今でこそ学校の教科書に作品が載るような作家になっているが、デビュー当初はスーパーエッセイと呼ばれる、「ちょっとおまーら許さんけんね」的三白眼やぶにらみ風のエッセイを書いていたのだ。文章は非常にオリジナリティあふれるもので、当時昭和軽薄体などと呼ばれ、僕なども大きな影響を受けて、真似したりしたものである。

 デビュー作が『さらば国分寺書店のオババ』で、その後も『気分はだぼだぼソース』、『かつをぶしの時代なのだ』とスーパーエッセイが情報センター出版局から発売された。僕は当時学生で貧乏だったが、こういった著作を買い求め、しかも椎名が編集長を務めていた『本の雑誌』も毎号買っていたのだった。椎名誠と情報センター出版局、ならびに本の雑誌社には感謝状のひとつも出してもらいたい、とそう考えているほどなのだ。

 椎名誠の文章は、世間に対する不満を、ちょっと斜に構えながらも、かわいげのある楽しい文体で書き綴るというようなもので、僕なりに著者に対して「ショージ君」(東海林さだおのマンガ)みたいなイメージというものがあったんで、その後本人がマスコミに出るようになってその姿を見たときに、あまりのギャップに驚いたのだった。まさかあんなごつい体育会系のオッサンが書いていたとは……てなもんである。だから、あのオッサンが書いていた文章ということで彼の文体を読み直すと、印象が大きく変わって、ちょっと受け入れがたくなり、それで椎名作品は読まなくなった。本人自身がその後、文体を変える(「昭和軽薄体」をやめる)ということを宣言したことも一因ではある。

 そういうわけで椎名誠のスーパーエッセイについては特別な思い入れがあるんだが、上記の3作のうちもっとも文章が躍動し充実した著作と僕が考えるのは、3作目の『かつをぶしの時代なのだ』なのだ。で、今回ちょっと思い立ってもう一度読んでみようと思ったんだが、過去に買ったはずの本が見当たらず、どうもすべて処分したようで、しようがないので『気分はだぼだぼソース』と『かつをぶしの時代なのだ』を古本で買ったんである。

 今回は比較的冷静な目でこの2作に触れたんだが、正直言って『気分はだぼだぼソース』の方は、まだ途中までしか読んでいないが、ちょっと不快な印象が残る。どうも暴力的かつ攻撃的な匂いが随所に漂っており、批判的な視点がかえって読む側の気分を害するようなものになっていることが原因なんではないかと思う。一方の『かつをぶしの時代なのだ』は、盟友さわのひとしのイラストが味わい深く、また内容についても批判的な視点が不快感を催すこともなく、今でも十分楽しめる内容だった。ただし、例の独特の文体は少々くどさを感じる。確かにかつて読んだときは斬新であったが、今となっては連続する「〜的」という表現が、本当に軽薄さを感じさせ、「ちょっと無理」と感じる箇所もあった。さすがに、若い頃みたいに積極的に真似しようという気にはならなかった。といっても、この文章ではちょっと使ってみたけどね。まあ、何にしろ、青春時代のほろ苦い思い出みたいな感傷が残るような、そんな本でした。

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