石田梅岩『都鄙問答』

石田梅岩著、城島明彦訳
致知出版社 いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ14

商売人のバイブル

 「いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ」は、なかなか読みやすくてよろしいシリーズなんだが、何よりラインナップが渋い。中でもこの石田梅岩ばいがんの『都鄙問答とひもんどう』はなかなか接することのない著書であり、現代語訳も皆無と言って良い。本書の「あとがき」によると、1972年に『日本の名著シリーズ 富永仲基・石田梅岩』という現代語訳の本が出たらしいが永らく絶版状態。この本は「日本史上、二冊目の(『都鄙問答』の)現代語訳」であるらしい。

 『都鄙問答』は元々元文四年(1739年)に刊行された本だが、この著書自体あまり知られていない。著者の石田梅岩にしても、日本史の教科書に「石田梅岩=心学」程度の知識で出てくるだけで、日本史の教師を含め、ほとんどの人は石田梅岩のことは知るまい。だが松下幸之助が『都鄙問答』を座右の書にしていたらしいことから、ビジネス界ではそこそこ知られているようだ。だからと言って『都鄙問答』がビジネス書というわけではないのである。基本的には、儒学に基づいた人間の生き方を説く書であると言って良い。それが証拠に、『論語』や『孟子』など四書五経からの引用が随所に出てくる。人間は人の道に沿って正しく生きるべきという思想が根底に流れている。その思想を、Q&A形式で語っていくというのがこの書で、そのためにタイトルに「問答」が付いているわけだ。

 内容は概ね、倫理に沿った生き方をしろというようなもので、言っていることはわかるが四角四面で窮屈過ぎると感じる部分も多い。教条主義的で読んでいて飽きる部分も多いが、ただ「巻の二」の商人の心得の箇所はなかなか興味深かった。損をしても義に基づいた取引をせよとか正直に愚直に商売をせよとか、現代の多くの利己主義的な実業家に教えてやりたい心得であるが、もちろん自分自身の心に刻んでおきたい教訓でもある。松下幸之助が座右の書にしていたというのも頷ける話だと感じる。

 訳者は作家らしく、全編非常に読みやすい現代語訳で、普通に読む分には苦労はないが、それでも内容がやはり儒教道徳であるため、特に儒教概念でわかりにくい箇所が割合ある。たとえば「理」や「命」という概念が紹介されているが何が言いたいのかよく見えてこない上、儒教でしきりに唱えられる仁・義・礼・智・信についてもわかったようでわからない。例えで説明している箇所は具体的になるが、観念的な話になるとわかりにくさも一入ひとしおで、もしかしたら訳者が本当のところを理解していないのかとも思える。もちろん儒学は根本の部分は難解で解釈も多岐に渡っており、そのために古来注釈書が大量に書かれたわけだが、そういう部分が本書の理解を困難にしているのも確かである。表紙には「227分で読めます」と書かれているが、僕の場合は読み切るのに都合1カ月ぐらいかかっている。興味深い話はあちこちにそれなりにあるため、実感としては拾い読みするのが一番良いかなと思う。ただ原文の読みにくさはそれに輪をかけているらしく(問と答が区切られていない、口語と文語が入り混じった不統一な文体など)、それを考えるとこの現代語訳もそれなりに有意義な本と言える。

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