学問のすすめ

福沢諭吉著、夏川賀央訳
致知出版社 いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ

今読んで役に立つような要素はほぼない

 福沢諭吉の『学問のすすめ』と言えば、慶応出身者であるなしにかかわらず広く知られている本であるが、中身を読んだ人ということになると、現代社会では少ないんじゃないかと思う。『学問のすすめ』初編が最初に刊行されたのが明治5年、今から150年も前の日本の動乱期で、その後、初編に続いて十七編まで4年がかりで発表されたらしい。本書に掲載されている福沢自身の「はじめに」によると、初編が20万部、累計で70万部も売れたというが、これは当時の日本の人口が約3500万人であることを考えると、相当なベストセラーと言うことができる。

 原文は文語体であるため、現代人が読むのは骨が折れるということで、口語体で書かれたもの、つまり現代語訳版がいろいろと出されている。本書も現代語訳版で、致知出版社の「いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ」の一冊である。訳文については、「原文の一文一句も捨てず、ていねいに意味も拾っている」(本書「解説」より)らしく、原文に近いようである(未確認)。原文との兼ね合いはともかく、訳文は全体的に平易で読みやすく、無理のない現代日本語になっている。その点は評価に値する。

 で、その内容であるが、当時のヨーロッパ思想の紹介、封建社会に対する批判、国や社会に役立つ人間になることのすすめみたいなものに終始する。初編から第三編までと第六編、第七編は天賦人権思想や社会契約説に従って、権利を主張しながら生きるべきことを滔々と述べ、第四編、第五編は社会に役立つ存在になるべしという主張を展開する。その他には、江戸時代の封建社会や保守的な漢学者に対する批判、儒教に対する批判も随所に見られる。

 発表当時は明治維新直後という時代もあって、それなりに大きな影響を社会に及ぼしたことは容易に推測できるが、現代の感覚からいくとさして目新しい内容はない。中学の社会科、せいぜい高校の倫理の授業のレベルであり、今読んで特に何かの役に立つというような代物でもない。時代的な背景もあるのでそれが当然であるしそれはそれで良いんであるが、アマゾンのレビューなどを読んでいると、やたらと持ち上げる記述があり、そういうものに惹かれて読んでしまった僕が愚かだったわけだが、こんなもので感心するのであれば、学校の社会の授業をしっかり聞いておきなさいよと皮肉の一つも言いたくなってしまう。

 僕自身は、今回本書で初めて『学問のすすめ』に触れたわけだが、原著に当たってめんどくさい文語体で読むよりはずっとマシだったとは思う。そういう点ではこの本に価値があったと言える。

 あちこちに西洋崇拝、成長神話、立身出世主義みたいなものが見えてきて、正直なところ、今の時代にはそぐわない内容であるが(保守じいさんたちには受けるかも)、今の時代でもこの本を良いと思う人々が多いという事実が、逆にこの社会の窮屈さを反映しているような気もしてくるのだ。

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本の紹介『風姿花伝 (現代語訳版)』
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本の紹介『歎異抄 (現代語訳版)』
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本の紹介『石田梅岩「都鄙問答」』
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本の紹介『本居宣長「うひ山ぶみ」』