土の文明史
ローマ帝国、マヤ文明を滅ぼし、米国、中国を衰退させる土の話
デイビッド・モントゴメリー著、片岡夏実訳
築地書館
内容はすばらしいが翻訳に問題あり
内容は非常にすばらしい本だが翻訳が良くない。そのため読みづらくてしようがない。僕なんか、図書館で借りては返しを繰り返し、結局読み終わるのに都合半年くらいかかった。内容は割合平易なんだが、素人の英文解釈みたいな日本語になっていて、「とんでもない訳」ではないがとにかく読みづらく、流れるように読むことができない。解読作業が伴うようでかなりきつかった。内容が大したことない本だったら間違いなく途中でやめていたことだろう。
翻訳は問題が多いが、その内容自体は大変示唆に富む充実したものだった。タイトルが示すとおり土壌から見た文明史で、ともすれば軽視される土壌が、人間の生活、ひいては文明にとってどれほど大きな意味を持っているかを説き起こす。
著者によると、ローマ帝国をはじめとするさまざまな古代文明が、ことごとく土壌の疲弊や浸食が引き金となって崩壊している(崩壊の過程はゆっくりしているため因果関係が目に付きにくい)。また、近世の西ヨーロッパでも土壌が疲弊したことが植民地主義の原因であった(特に土壌の劣化がひどかったのが、植民地開拓の先鞭を付けたスペインとポルトガルだったという)とか、フランス革命までもが、土壌劣化で減少した農地を農民が支配階級から取り戻そうとしたことが原動力になったとか、世界史上の重要な出来事の多くが土壌と結びついていることが示される。まさに目からウロコの歴史観である。
他にも土壌の性質や化学肥料発見の過程なども紹介され、土壌劣化・浸食がこれまでどのように進行してきたか、そしてその現状なども具体的に示される。
さらに、現在のアメリカ型の大規模機械化農業が土壌を破壊し尽くしていくという事実が語られ、労働力を集約した有機農業に回帰すべきであることが主張される。われわれが子どもの頃は、学校教育の現場でも、アメリカ型の大規模農業が憧れのように語られていた(そして日本の農家もそうなるべきと教えられた)ものだが、それとは正反対の主張である。こういった環境破壊の視点からの議論は、これまで農薬汚染や地下水の枯渇などの点から語られていたが、土壌浸食という観点でも大きな問題を抱えるものだということが、今回初めてわかった。ともかく、土壌は文明が所有する貴重な財産であるというのが著者の主張なのである。
本書は、世界史、環境問題、食糧問題などに関心がある人には特に得るところが多いと思う。歴史や社会への見方が大きく変わる快著であるが、残念なのは先ほども言ったように翻訳である。読みやすい翻訳であればホントに言うことがなかった。返す返すも残念である。
また些細なことだが、著者名は「モントゴメリー」よりも「モンゴメリー」が正しい発音に近いんじゃないかと思うが如何(実際は「モンとゴメリ」みたいな発音)。それに習慣的にも「モンゴメリー」がこれまで使われてきていることだし(「モンゴメリー・クリフト」〈俳優〉とか「ルーシー・モード・モンゴメリ」〈『赤毛のアン』の作者〉とか)。実際に、他の出版社から出ている同じ著者の訳本では、著者名が「デイヴィッド・R. モンゴメリー」と訳されていることから、著者名で検索する際にすでに不都合が生じている。