スマホ脳

アンデシュ・ハンセン著、久山葉子訳
新潮新書

自然人類学的視点によるスマホ依存
だが著者は精神科医

 近年、欝病患者が増えていることを実感した精神科医が、自然人類学的視点からその原因を解き明かし、同時にスマホなどのIT機器に対する依存にはそれなりの根拠があると説いた本。

 人類は、その歴史を通じてほとんどの期間、狩猟採集に明け暮れていたために、脳や身体はそれに最適化された構造になっているという前提で話を始める。そのため、敵(肉食獣や毒を持つ生き物、別の集団の人間など)から身を守るため常に周囲に気を配る必要があり、同時に高カロリーのものを常に探索し、見つけたらなるべくその時点で多く摂取するという行動を取るようになっている。そこで活躍するのが脳内化学物質、ドーパミンで、敵や食べ物など、新しいものを常に素早く見つけられるよう人に促す役割をしているというのだ。

 一方、現代の世界で、人に常に「新しいもの」を提示するのがスマホなどのネット端末である。ネット端末は常にその中の目新しい事物がドーパミンの分泌を促すために、そこから離れられなくなる人々が増えているというのが現代の構造であるというのが著者の説。さらに原始生活では、個人間の繋がりが生き残りに役に立つことから、現代人も常に人との繋がりを得ることが満足に繋がる。そのため人との繋がりもドーパミンによって促進される。結果として、SNSの「いいね」などが報酬系として作用し、これもネット依存を促す結果になるというのである。

 著者が医師であることから、こういう原因究明だけでなく、実際に、ネットへの過剰な依存が人に対してどのような影響を与えるかについても報告がある。簡単にいうと、注意力散漫、知力低下を招く可能性があるが、その影響については計り知れないという。

 著者の論は非常に明快でわかりやすく説得力がある。また随所に、自説を裏付けるために、さまざまな実験を紹介している。ただし本書では参考資料、参考文献のリストがまったくないために、その実験の信憑性がかなり疑わしい。早い話が、著者の理屈を裏付けるために、(実験データに見せかけた)恣意的な例を持ち出しただけではないのかなどと勘ぐってしまう。このあたりは原著に由来するのか、新潮新書だからかはわからないが、大きな問題である。とは言え、そういう点を差し引いても、ユニークな論であり、しかも荒唐無稽さがない。(自然人類学的には)それほど目新しくはないが、非常に筋の通った推測で、今後の同様の論考のスタンダードになるのではないかと思わせるものがある。久しぶりに一気に読んだ本で、(質の悪い本が多い)新潮新書としては最高傑作の部類ではないかと思う。翻訳もまずまずである。

-社会-
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