幕末単身赴任 下級武士の食日記

青木直己著
NHK出版生活人新書

下級武士の生活を覗き見

 万延元年(1960)に江戸詰めになった、酒井伴四郎という紀州藩士は、かなりのメモ魔で、どこに行って何を見て何を食べたかをかなりマメに記録として残していて、その記録が江戸の下級武士の生活を今に伝える一級資料になっている。その彼の日記を覗きみて、当時下級武士がどのような生活をしていたか、何を食べていたか、何を楽しんでいたかを垣間見ようというのがこの本。

 この本は、元々2000年から2003年までNHK出版の『男の食彩』という雑誌に連載していたものをまとめたものである。メディアミックスではないんだろうが、この連載を元にした上で作成されたと思われるドキュメンタリー番組(『江戸古地図の旅 〜江戸東京 迷宮の道しるべ〜』)やドラマ(『幕末グルメ ブシメシ!』)まである。

 酒井伴四郎は、叔父である宇治田平三の補佐役みたいな形で、彼らを含む計5名、従者1名という構成で江戸詰になった。江戸には、紀州から中山道を通って下っており、伴四郎の日記はそのあたりから始まる。大雨で足止めを喰らったり、名物を買って食べたりしている様子が詳らかに書かれているため、当時の江戸の旅の様子がよく分かる。この本では、この伴四郎の日記と平行して当時のさまざまな食べ物やその食べ物にまつわる蘊蓄うんちくが著者によって語られていくんだが、こちらも非常に面白い。ちなみに著者は、和菓子の研究をしている人で、執筆当時、虎屋文庫研究主幹を勤めていたらしい。

 本書では、伴四郎が江戸に入った後もこのような進行で語りが進められていき、伴四郎の生活や当時の食べ物が面白く紹介されていく。かつおを自分で調理して皆がひどい下痢をしたとか、自分が食べようと残していたあじを「叔父様」(宇治田)が勝手に食べていて立腹したとか、内容が詳細であるため、さながら野次馬的に伴四郎の生活を覗き見しているような印象さえ受ける。同時に江戸の街の活気が伝わってきて、非常に魅力的に映る。

 江戸に蕎麦屋が3000軒以上あったとか、幕府から諸大名に菓子を賜る儀式(6月16日の嘉定の日)があったとか(僕にとって)目新しい情報もいろいろと出てきて、読んでいて楽しさを感じる。そういう点でもなかなかの良書である。

-日本史-
本の紹介『元禄御畳奉行の日記』
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本の紹介『元禄御畳奉行の日記 (マンガ版)』