パリ・ロンドン放浪記
ジョージ・オーウェル著、小野寺健訳
岩波文庫
オーウェルの下層社会ルポ
『1984年』や『動物農場』で有名なジョージ・オーウェルがこんなルポを書いていたとは知らなかった。といっても、これが実質的なデビュー作だったというから、元々はノンフィクション作家に近かったわけだ。
この作品は、1930年代のパリとロンドンの下層社会の様相を報告する著作で、作者自らがこういった環境に身を投じて、厳しい体験を肌で感じそれをルポルタージュ風に著したというものである。
ジョージ・オーウェルはそもそも名門校を卒業し、公務員としてビルマ(現在のミャンマー)に赴任していたんだが、休暇で英国に戻ったときにその仕事を辞して、文筆に専念することを決意したという。それからしばらくして、ロンドンのスラムに潜入し、やがてパリに移ったというのが本書の背景になる。本書は前半がパリ編で、その後英国に戻ってロンドン編に移る。
パリでは、無一文になって空腹を抱えながらも、ホテルの皿洗いの仕事を得ることになる。毎日がホテルの穴蔵みたいな調理場と寝床との往復で、しかも先行きがまったく見えない生活を送る。このときの窮状を綴ったのがパリ編である。やがてロンドンの知人から金を借りることで、この境遇から抜け出してロンドンに戻り、その後はしばらくロンドンの浮浪者に混ざって生活する。ここでは、自ら下層社会の生活を経験しながら、浮浪者を生み出す社会を告発し、社会の矛盾をあぶり出すという試みを行っている。
何でもこのオーウェル、ジャック・ロンドンの『どん底の人びと』に感化されて、下層社会に入ることを決意したらしいが、内容的にも両方の書で重なる部分が多いように思う。『どん底の人びと』は30年近く前に読んで、そのときは大きな衝撃を受けたが、細かい部分についてはよく憶えていない。ジャック・ロンドン自身も給食配給の列に並んだみたいな記述があったような気がするが、オーウェルの方も配給の列に並び、感じたことをいろいろ書き連ねている。正直なところ、『どん底の人びと』や『チャップリン自伝』などですでに知っていることが多かったため、ロンドン編ではあまり目新しさを感じなかったが、パリ編は当時のホテルやレストランの裏の面がよく伝えられていて興味深かった。それにオーウェルによる当時の社会分析も面白い。
当時のパリ・ロンドンに限らず、現代日本でも似たような浮浪者はいるわけで、そのあたりはさまざまな報道や本を通じて知ることができる。時代、場所を問わず、常に存在するのが貧困で、何とかしなければならない喫緊の課題なんだろうが、いまだに手を打てないでいるというのが現状なのかも知れない。