失われた時を求めて 花咲く乙女たちのかげに
フランスコミック版
マルセル・プルースト原作、ステファヌ・ウエ作画、中条省平訳
祥伝社
やはり価値の高い翻案で
印象派の画題を彷彿させる絵も素晴らしい
マルセル・プルースト原作『失われた時を求めて』のマンガ版の第2弾で、第2篇の『花咲く乙女たちのかげに』をマンガ化したものである。第1部「スワン夫人をめぐって」、第2部「土地の名 ― 土地」で構成されており、こちらも第1篇同様全編が本書に収録されている。
前作同様、本作も『失われた時を求めて』の挿絵付き簡略化版という印象で、地の文が長々と続くため読むのにそれなりに骨が折れる。ただし絵はきれいで、中でも第2部の舞台になっているノルマンディーの風景が非常に美しく、内容を鑑賞する上でも大いに役に立っている。またホイッスラーをモデルにしたと考えられる印象派画家(エルスチール)が登場人物として現れたり、印象派画家が描いていた当時の風俗や風景が随所に出てきたりして、詩的な要素も加わっている。さらに、地の文も原作から直接引用されていることから、原作が持つ文章の味わいもそのまま残っている。
ただ一方で引用されている文章が少しずつであるため、説明不足になってしまっている箇所がそこここにあるのは難点である。適宜巻末の注でその前後の原文が紹介され補われるなどの工夫はあるが、それでも地の文のわかりにくさはあちこちにある。注(原注と訳注)は20ページにも及んでおり、当時のフランスの上流階級で常識とされているような言葉が本編の随所に出てくるため、このような注は大いに役に立ちはするが、なくても差し支えがない項目もありそういう点で多少のくどさを感じる。
そういうような難点もあるにはあるが、とにかく当時の風俗が、絵や注などのさまざまな工夫によってよく伝わってきて、しかもブルジョワ階級の主人公を取り巻く当時の環境も絵で再現されていることからきわめて自然に物語に入っていけるという点で、大変よくできた翻案であることは間違いない。『失われた時を求めて』の翻案としては非常に完成度が高いと言って良い。
原作は全部で7篇あるためまだ5篇残っているが、最初の作が1998年に発表されたことを考えると、そのすべてがマンガ化されることはおそらくないのではないかと思う。もしかしたら第3篇が出るかも知れないというレベルである。ただ前作の『スワン家のほうへ』と本作で主要な登場人物のほぼすべてが出てくるため、残りの5篇を原作で読むのも比較的楽なのではないかと思う。こういうことを考えると、本作がフランスの学校の教材に使われたというのもよく理解できる。マンガ版についても読むのに骨が折れはするが、じっくり取り組んで読むだけの価値はあると言える。