石の花 (1) 侵攻編(5) 解放編

坂口尚著
講談社漫画文庫

よく描き込まれた絵、
内容の深さ、リアリティが注目に値する

 1980年代は、僕にとって大友克洋や高野文子、ひさうちみちおなどの作家性の高い作品を自分なりに「発見」していた時代で、書店でマニアックなマンガを見つけては一人悦に入っていたのだ。その対象は、丸尾末広や蛭子能収(当時はまだテレビには出ていなかった)などかなりマニアックなところまでカバーしていたため、当時見逃していた秀作マンガがまだ残っているとは思っていなかった。だがこの作品『石の花』は1983年に発表され88年に単行本が刊行されているため、なぜ僕自身この作品をまったく知らなかったのかがにわかにわからない。題材がユーゴスラビアのパルチザンの話と聞くと、非常に興味が湧く上、しっかり描き込まれている絵など、注目してしかるべきであるがまったく知らなかったのだ。作者の坂口尚についても、ホントにまったく知らなかったと来ている。

 その『石の花』が、このたびフランスのマンガ賞を受賞したと報道され、その内容が紹介されていたためににわかに関心を抱いたのであった。近所の図書館に当たってみたら文庫版があったため、今回速攻で借りて読んでみた。

 舞台は1940年代のユーゴスラビアで、ナチスによる侵略とそれに対するパルチザンの抵抗、内戦などが背景になる。主役級の人物を数人設定し、カットバック風にフォーカスを変えていくなど、かなり凝った構成になっている。また、絵も背景もものすごく丁寧に描かれており、大変美しく、文庫版で見るのがもったいないほどである。しかもこの背景、アシスタントなしですべて坂口尚が描き込んでいると来ていて、二度ビックリである。ここまで行くと美術作品と言っても過言ではない。この作品に代表されるように、作品ごとに大変手がかかっているせいか、坂口尚は寡作である。

 プロットも意外性があって、ストーリーとしてはよくできている。また戦闘シーンや収容所内のシーンなども緻密に描写されており、リアリティがある。さらには登場人物が世界に対するものの見方を披露して議論するシーンなどもあり、哲学的な深みも感じさせる。難点は、舞台が頻繁に変わったり、コマの動きの繋がりが悪かったりして内容を把握しにくい点で、これは大友克洋の作品でも感じられるんだが、制作時に編集者などの第三者の意見が入っていればもしかしたら改善したかも知れない(実際は入っていたかも知れないが)。惜しい点である。また、登場人物によって披露される世界観がわかりにくいという点も難点といえば難点ではあるが、今言ったような難点は、ゆっくり読むことで解消されるレベルであり、作品の傷になることはない。ともかく今回は借りた本であったことから少し急いで読まなければならなかったので、こういう点が問題になったに過ぎない。昨年、大きな版の愛蔵版が再出版されたということなので(すでに品切れのようではあるが)、そちらを入手して、ゆっくりじっくり読めば、この作品を骨の髄まで楽しむことができるのではないかと思う。

 僕の場合、今回、フランスでの逆輸入評価を通じてこの作家を知るという、少し恥ずかしい接し方をしてしまったが、それでも新しいマンガ作家を自分なりに「発見」できたことは収穫であった。願わくば、こういう作品が国内で再評価され再注目されるのが筋ってもんである。昨年の愛蔵版出版まで永らく絶版状態だったという話を聞くと、出版業界のあり方としては、あまりに恥ずかしい状況ではないかと思う。同時に、今回の僕の恥ずかしい接し方は、国内出版業界の恥ずかしいあり方に由来しているのかも知れないなどと考えたりもする。

第50回アングレーム国際漫画際遺産賞受賞

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