あっかんべェ一休 上・下
坂口尚著
講談社漫画文庫
坂口尚が歴史大河作品に挑む
『石の花』で有名な坂口尚の長編3部作の1本であり、遺作でもある。タイトルからわかるように、破戒僧、一休宗純を描いた歴史大河作品で、一休の生涯が描かれ、その逡巡や思想まで表現されている。
坂口尚らしく、(アシスタントの手を借りずすべて自身で描いたという)絵はきわめて緻密で美しい。一休の哲学的な部分は、『石の花』同様、にわかに理解できないが、その生涯と思想との関連は実に自然に描かれているため、違和感を感じることはまったくない。
ストーリーは『一休和尚年譜』などが出典になっていると思われ、一休の生き様が、一揆や応仁の乱などの歴史的な出来事との連関で示されているため、一定の「歴史事実」は担保されていると考えられる。マンガでは、村田珠光(佗茶の創始者)や金春禅竹(能楽の金春流の中興の祖)なども一休と親しい付き合いをしているが、これもある程度事実に即していると考えられるらしい。
全27話で構成されているが、途中、世阿弥が主人公になるエピソードも数話混ざっているため、一休を中心とする物語がずっと継続するというわけではない。だが、このあたりの表現も巧みで、著者の工夫が垣間見られる。もっともこのエピソードで語られるのは世阿弥の世界観ばかりであって、しかも能舞台のような背景で、世阿弥自身も常に能面を付けて登場するなど、ドラマチックな展開があまりないことから少々退屈する。世阿弥が一休とどう関係しているのかもあまり判然としない(思想的な繋がりで登場しているのだと思うが)。
このマンガで取り上げられているエピソードは、『オトナの一休さん』でも紹介されていたものが多く、僕にとって見覚えのあるものが多かったが、むろんこの作の方がずっと早く発表されており、こちらが元祖ではある。もっとも元ネタはおそらく同じ出典であることが考えられるため、元祖も何もないのかも知れない。もちろんこのマンガがあのNHKの番組の元ネタとして使われた可能性も否定できない。
いずれにしてもこのままNHK大河ドラマにしても成立するようなよくできあがった物語で、背景となる社会不安も丁寧に描かれているため、歴史の一断片を覗き見るような面白さもあった。坂口尚作品らしく結構な力作であった。
1996年日本漫画家協会賞優秀賞受賞