漢字の相談室

阿辻哲次著
文春新書

漢字の深遠な歴史が語られる
漢字の奥深さを実感する好著

 漢字に関する雑学本だろうってことでとばし読みするつもりで借りたんだが、全部読んでしまった。

 漢字に関連する設問(質問)に対して著者が答えるという方式で、漢字にまつわるあれこれが紹介される。たとえば、「私の知人の「たかはし」さんは普通の「高橋」ではなく、あまり見かけない字形で書くことになっています。普通に「高橋」と書くと機嫌が悪くなることすらあるのですが、なぜそんな書き方があるのでしょうか?」(この質問自体少し人を喰っていて面白いが)とか「新常用漢字の試案の中に「しんにょう」の形を含んだ漢字が三つありますが(「遜」「遡」「謎」)、いずれもしんにょうの点がふたつになっています。これまでの常用漢字では「道」とか「進」のように点がひとつだったのが、これからは点ひとつとふたつが混在することになるのでしょうか」などといった質問がそれぞれの章の最初に書かれていて、それを軸に漢字の話が進められる。

 前者の答えは、「明治の戸籍作成時に担当者が書いたものがそのまま残っているため」だという。要は癖や間違いが発端ということのようだ。後者の答えは、戦後の占領軍による政策と清代の漢字辞典である『康煕字典こうきじてん』との矛盾の結果こういう事態が発生したということだ(わかりにくいでしょうが、非常に複雑な事情があります。詳細を知りたい方は本書を読んでください)。回答は明快で、その背景についても詳しくかつ面白く解説されていて、語り口も楽しい。大学の教養過程の講義のようで、気楽に読み進められる。テレビ業界に対するボヤキなんかも入っている。

 どの章でも、漢字の深遠な歴史が語られていて、漢字の奥深さを実感することができる。また、漢字を取り巻く環境の複雑さ(特に日本において)も思い知らされる。単なる雑学本にくくることができない本で、非常に奥深い好著である。

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