日本人のための日本語文法入門

原沢伊都夫著
講談社現代新書

格好の「日本語文法入門」書

 小学校、中学校で習う日本語文法というと味気なく面白味がないもので、それはもちろん古典文法や英文法にも共通しているんだが、なぜあんなに面白くないかというと要は分類してそれで終わりにしているからである。分類したものを憶えろと言われても、そもそもなぜ憶えなければならないのかその意味がわからないし、憶えたくないものを憶えさせられるのは苦痛以外の何ものでもない。生徒に文法を学習させようというのなら、最低限そこにどういう意味があるかぐらいは教えてほしいと思う。分類してそこにどういう意味があるかを知ってから初めて面白さを感じるものではないだろうか(もっともそれでもほとんどの生徒にとっては退屈なものなんだろうが)。

 さて、この本だが、日本語文法の本で、タイトルに「日本語文法」が付いているだけでほとんどの人に敬遠されそうだが、あに図らんや、学校文法に真っ正面から異議を唱えるような内容で、学校で習うこととまったく内容が異なる。おそらく小学校では主語、述語を探すようなところから始めるんだろうが、この本は、そもそも日本語には主語がないという議論から始まるのだ。そしてそれについて国語学的見地から明解に解説していく。語り口も優しくわかりやすいため、頭の中にスーッと入ってくる。

 他にも目からウロコのようなテーマが矢継ぎ早に出され、追いついていくのがやっとという感じになるが、ま、本だから自分のペースで読めば良いわけで、それがマイナス要因になることはない。難点は、術語が言語学から来たものなのか、とにかくわかりにくくピンと来ない点である。たとえば「テンス」、「ボイス」、「アスペクト」、「ムード」などという用語がそれで、比較的馴染みのある用語にするなら「時制」、「態」、「相」、「叙法」ってことになるんだろうが、繰り返し出てくるんでだんだん混乱してくる。とは言え、内容は多岐に渡っており、わかりやすさも手伝って、日本語文法入門書としては格好のものではないかと思う(タイトルも「日本語文法入門」になっていることだし)。

 あまりに内容が盛りだくさんなんで以下に少し箇条書きでまとめておこうと思う。

  • 日本語は、述語を中心として、単語に格助詞をくっつけた要素をつなげて表現する言語である。
  • 「日本語には主語がない」と言うことができる。日本語には格としての主格は(もちろん)あるがヨーロッパ語で言うところの主語に相当するものがない。なお「〜は」という表現は主格とは限らず、他の格が持ってこられることもあり、最初に「主題」を示す役割を果たしているに過ぎない。
  • 日本語では自動詞は変化、他動詞は動作を表す。自動詞は自然現象、他動詞は人為現象を示すことが多く、日本語の自動詞の場合「自然な成り行きでそうなった」という表現が特徴的である。
  • 受身形や使役形に、主格が直接関与していない表現がある(「津波に家を流された」など。少なくとも英語ではあり得ない表現)。自然の流れの中で起きる出来事に対して、受け入れる場合は受身、自らが関与する場合は使役が使われる。このあたりにも日本人の自然観が反映されている。
  • 「あげる」、「くれる」などの「やりもらい動詞」にも日本語の特色が出ている。日本語では、こういった動詞、補助動詞によって普通に思いやりが表現される(「生んでくれてありがとう」など)。
  • 複文の場合、主節の視点で時制が表現される(「相対テンス」と言う。「日本に来るとき、友達がパーティを開いてくれた。」〈「母国でパーティ」のイメージ〉と「日本に来たとき、友達がパーティを開いてくれた。」〈「日本でパーティ」のイメージ〉の違いに注目)。
  • 日本語では、現在完了形を副詞で表現する(「新聞を読みましたか?」という表現に「もう」を付けると完了形、「昨日」を付けると過去形になる)。
-国語学-
本の紹介『日本語の文法を考える』
-古文-
本の紹介『古典文法質問箱』
-漢文-
本の紹介『漢文法ひとり学び』
-英文法-
本の紹介『日本人のための英語学習法』