U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面
森達也著
講談社現代新書
現在の日本の司法制度の欠陥について
読者自らが考えるための本

相模原にある津久井やまゆり園で起きた相模原障害者施設殺傷事件をもう一度検証しようという本。著者は森達也で、著者の思索の流れをそのまま一冊にしたような本である。
相模原障害者施設殺傷事件は、2016年7月に、1人の職員が19人の入所者(障害者)を殺害し、さらに26人を負傷させたという事件で、その内容が衝撃的だったこともあり、しきりに報道されたが、公判が始まってわずか3カ月という短期間で死刑判決が下された。しかもその後被告が上告しなかったことから、そのまま死刑が確定したのである。
一般的に、障害者差別が大量殺人という形で現れた事件とされて、加害者の動機が解明されないまま、また精神鑑定についても、多数の医師が精神の異常を認めたにもかかわらずそれが採用されず、責任能力があるとされ、既定路線に従って判決が出された。凶悪な「パーソナリティー障害」ということで片付けられたため、真の動機を解明することができたとも言えない。結局、このまま司法の手で殺されてしまうため、真相解明の機会も完全に失われてしまうことになる。
こういう過程にオウム真理教の事件と同様のモヤモヤ感を感じた著者は、ジャーナリストの吉岡忍、発達支援教室「るりえふ」の代表、群司真子、雑誌『創』編集長の篠田博之、加害者の精神鑑定を断った精神科医の松本俊彦、神奈川新聞の記者、石川康大らにインタビューし、このモヤモヤの源泉を探っていくと同時に、この事件に関して執り行われた裁判の問題点をえぐっていく。
著者は明言していないが、加害者は精神障害である可能性が高い(オウムの麻原彰晃の公判でも麻原に対して途中から感じていた感覚に近いようだ)、それにもかかわらず十分な審理が行われていない、また加害者がなぜこのような犯行を行ったかについても解明されていないどころか解明しようという意図さえ働いていない、結果的に裁判が、死刑を執行するための儀式になってしまった、さらには、近年の凶悪犯罪は、世論に迎合するかのようにこのような儀式的な裁判ばかりになっている……というのが著者の思考が行き着いた結論であると感じる(明言はしていない)。読者の方も著者の思考過程に沿うように読み進めていくため、著者の主張に十分納得しながら、自分なりに結論を出していくことになるのである。
このような世論に迎合した儀式的な裁判は、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件、オウムの一連の事件など、現在では当たり前のように執り行われるようになっており、そのために、真相を究明できないまま、当事者を死なせてしまう。動機や原因が究明されないことから、何の教訓も得られず、同じような「原因不明」の凶悪事件が繰り返されるという悪循環に陥っているというのが現状である。
また、死刑囚の人権が無視されている現状についても告発されており、日本の司法制度の後進性についても改めて認識することができる。同時に、何らかのきっかけで捕まってしまったらどえらい目にあわされる……ということを思い知らされる。決して他人事ではないのである(多くの人は他人事だと思っているだろうが)。ともかく、現在の日本の司法制度について、あれこれ、いろいろと考えさせられる良書であった。読者が自ら考えながら読んでいく本である。