千代田区一番一号のラビリンス

森達也著
現代書館

(前)天皇と(前)皇后の会話が一番の魅力

 タイトルの「千代田区一番一号」ってのは皇居の所在地である。こと皇室関連のことになると、右翼の攻撃を恐れ、どこの企業も関わろうとしないという実情がある。いわゆる皇室タブーだが、本書はそれを問う目的で書かれた小説である。

 僕は現在、古典作品を除き、小説はめったに読まないんだが、この本については、書評をお願いしても(皇室タブーゆえ)どの雑誌からも黙殺されてしまうと著者の森達也が毎日新聞のインタビューで語っていたため、興味を持って買ったのだった。この小説には、天皇(現・上皇)と皇后(現・皇太后)が、明仁、美智子という実名で登場し、普通に日常的な会話を展開するんだが、著者によると、実際には右翼からの攻撃などは一切なく、皇室タブーのせいで企業が過剰に忖度している現状が以上の事情から逆に明らかになったらしい。

 もっとも、その毎日新聞の記事もそうだが、最近では(遅ればせながら)割合あちこちの書評でも出てきているし、本屋でも普通に買える。だが、先ほど言ったようないきさつによって、過剰に何かを恐れて問題回避の事なかれ主義の方向に走ってしまう現代日本の企業の体質というかダメさ加減が明らかになっているわけで、本書出版の初期の目的はこれによって達成されているとも言える。なお、一言加えておくと、この本の出版を引き受ける出版社も当初なかなか見つからず、結局『A』を出版した現代書館のみが手を挙げたという背景もある。

 さて、ストーリーは、「森克也」というドキュメンタリー作家が、天皇皇后(現・上皇上皇后)をインタビューし撮影しようとしたときにどのような障害が出てくるか、テレビ・ドキュメンタリーで描きたいと考え、それを実行に移そうとするところから始まる。当初は順調に進んでいると思われた企画が、放送局の上層部の横やりで結局頓挫するというふうに話は進むんだが、これは、フジテレビの番組『Nonfix』を巡って著者の森達也が実際に経験した話が基になっている。こうした「森克也」の周辺がストーリーの軸となり、もう一方の軸として明仁、美智子の周辺が登場する。2人の会話が随時出てくるが、これがものすごくリアリティがあり、こういう話をしそうというような会話が展開されていて、非常に面白い。本作品の最大の魅力は実はここにある。同時に象徴天皇制における天皇の地位について、かれら自身の口で疑問が発せられるような箇所もあり、それが本書のテーマに繋がっている。ちなみに本書のテーマは、象徴天皇制について、現在のようにタブーとして避けて通るのではなく、我々自身が真剣に考えるべきとするものである。

 この2つの軸がやがて一つになって、あらぬ方向に話が展開していくのだが、ストーリーはやや奇抜で、途中から訳がわからなくなるような部分もあるが、なんといっても、先ほど言ったように、天皇皇后のリアリティが真に迫っていて(実際にどんな会話が行われているのかはよく知らないわけだが)、それが大きな魅力になっている。山本太郎が園遊会で直接天皇に手紙を手渡し、「不敬だ」などとバッシングを受けたあの件も、ストーリーの中に出てくる。「天皇を政治の道具にするのか」という一部マスコミの発言を読んだ美智子が、「私たちが道具だと思っているのかしら。失礼しちゃうわ」などと発言するんだが、思わず言いそう言いそうなどと感じてしまう。山本太郎のあの「事件」は、明治天皇に直訴状を渡そうとした田中正造になぞらえられることが多かったが、それに反応するように、美智子が明仁に「田中正造の直訴状、見に行っちゃおうか」などと誘うのも面白い。しかも実際に、天皇と皇后は、あの山本「事件」の半年後に田中正造記念館で直訴状を見ていて(2014年5月21日:参考)、小説が事実とあちこちでシンクロしているのも、意外性があって良い。どこまでが事実でどこまでがフィクションかわからなくなるのも、この小説の読みどころの一つである。

 「カタシロ」が随時出てきたりして、ストーリーはオカルト的に展開し、いろいろなものがおそらく比喩的に使われているんだが、その解釈については明確にされていない。読者一人一人が自分で考えよということなのだろう。森達也の他の著作も概ねそういうアプローチである。おそらくカタシロは現代日本に漂っている不穏な空気で、舞台となる地下は過去の歴史を表すのではないかと僕自身は思うが、やはり読んだ人一人一人が自分で考えるべきなんだろう。

 エンタテインメントの要素もある上、著者の主張も伝わってくる、骨のある良い作品と言える。高価ではあったが、買って損のない良書であると感じた。

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