草枕

夏目漱石著
岩波文庫

『草枕』を読みながら、こう考えた。

 山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

 言わずと知れた夏目漱石の『草枕』、名文として名高い冒頭の2行である。

 今回、先日の『三四郎』に続いて再び漱石作品を読んだ。これも30年近く前に一度読んだきりでほとんど内容は憶えていない。もっとも、この作品にはそもそも小説らしいストーリーがないに等しいので、記憶に残っていないのも無理もない。内容は随筆風で、山の温泉地に行き、そこで出会った人々について書き付けるという類のもので、随所に漱石の文明評や芸術評が書き散らされる。漱石の思考形態がよくわかり、蘊蓄うんちくに富んでいてなかなか面白いが、少々五月蠅うるさく感じることもある。

 随筆風であるためなんとなくだらだらと話は進むが、最後の最後にきっちりオチを付けて話を収束させているのは流石さすが漱石で、一遍の中編小説として仕上がっているのは見事である。光や影を感じさせる情景描写もなかなかのもので、著者の詩的な感性も見え隠れする。

 漱石は『吾輩は猫である』でデビューし、『坊っちゃん』で通俗的な世界を見せてから、この『草枕』を発表している。つまり漱石にとって中長編第3作目で、これにより漱石のポテンシャルが当時世間に示されることになったんではないかと思う。

 小説の類はできることなら映像で見たいと普段は思っているが、この『草枕』については、映像で見るより原著で読む方がはるかに堪能できる。漱石の文章自体はなはだ面白いので、読む楽しみがあるというものだ。そもそもこの話に限っては、映像化自体がきわめて難しいと思う(実際、映画もドラマもないようだ)。また映像化したところで、結局は『草枕』のごく一部をつまみ食いする結果になってしまうのは目に見えている。そういう点でも、「読む楽しみ」を実感できる本なのである。

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