こころ
夏目漱石著
岩波文庫
人ははたして
こんな動機で自死するんだろうか
夏目漱石の代表作と言ってよい著作がこの『こころ』。学生のときに一度読んだが、そのときは大した感慨もなかった。せいぜい夏目漱石は初期の作品の方が良いと思った程度だが、不思議なもので年を経て読むとまた違った印象を受ける。ただし、当時感じた違和感は相変わらず感じる。それがこのストーリーの柱になっている2人(先生とK)の死に関することで、はたして人はこんな動機で自死するんだろうか……という疑問である。ストーリーの核になっているので、そこにリアリティを感じなければこの小説自体が絵空事になってしまい、白けてしまうのは致し方ない。この話をあくまでフィクションとして捉えれば、気にはならないかも知れないが。
ただ、登場人物の心情が細かく描かれている点はポイントが高く、このあたりが世間で評価されているゆえんなのかしらんなどと感じた。また、映像がすぐに目に浮かぶような描写が多いのはさすがで、中でも主人公がKの死を初めて目にするシーンは圧巻で衝撃的である。映像化するんならここに核を置きたいところである。
今回読んだ岩波文庫版の装丁は、前にも書いたように『漱石全集』の装丁を流用したもので、高級感があって良い。また文中でも漱石独特の当て字にも細かくルビが振られており、原文の味わいを残しながらも、わかりにくさを極力排除するという工夫が感じられる。さすが岩波文庫という感じで、ポイントが高い。やはり漱石は岩波文庫に限る。