天上の虹 (1)(11)

里中満智子著
講談社漫画文庫

里中満智子、渾身の作品
まさにライフワーク

 持統天皇を主人公に据え、父の天智天皇、夫の天武天皇の時代から持統朝に至るまでを描いた大河歴史マンガ。持統天皇の一生が物語の中心であり、その周囲で起こる歴史的な出来事が、持統天皇の視点から描かれていく。作者は、歴史マンガや古典文学マンガが目下のライフワーク(だと思う)の里中満智子。

 主人公は、讃良さらら、つまり後の持統天皇である。中大兄なかのおおえ皇子(後の天智天皇)の皇女として生まれ、やがて政略的な意味もあって、中大兄皇子の弟の大海人おおあま皇子(天武天皇)に、姉、大田皇女ともども嫁がせられる。結婚生活は幸福なものであるが、大海人からの愛に物足りなさを感じたりする日々である。

 父はその後、天智天皇として即位し、武断政治を断行。政敵を次々に排除しながら中央集権的な政治組織を作ろうとするが、志半ばで死去。その跡継ぎとして息子(つまり讃良の弟)の大友おおとも皇子が台頭するが、讃良の夫、大海人皇子に責められて敗死、結局、大海人皇子が次期天皇、天武天皇として即位する。その後、皇后として天武天皇を支え続けるが、夫・天皇はやがて死去。自身の息子、草壁くさかべ皇子を次期皇位に据えるべく努力するも、姉(大田)と夫(天武)の息子、つまり義理の息子(このあたりややこしいんだが)の大津おおつ皇子がクーデター未遂を起こして結果的に敗死、草壁もその後、精神を病んでしまうなどで、結局自身が天皇として即位することになる(持統天皇)。持統天皇は、草壁の息子、つまり孫である珂瑠かる(後の文武天皇)を次期天皇に据えるために奔走するが、そのためにまた多くの犠牲者が出ることになる。結局、政敵の打倒で政治の混乱を招く、つまり父と同じことを繰り返すことになり、それについて悩むというようなストーリー展開になる。

 ストーリー自体はよくできており、よく練られていると感じる。かなりの部分、現在の定説に基づいており、よく取材していると感じる(なんでも当たった資料は1300冊を超えるらしい)。僕自身は、多元史観を支持しているため、これが事実に近いとは思わないが、現在主流となっている歴史観からすると、ど真ん中の歴史解釈である。それでも、読者から、持統天皇の描き方がおかしいとか、歴史解釈が間違っているとか、いろいろな投稿が来たらしい。自分の思い込みこそが正しいと決めてしまう、困った人たちが多いということの証左なんだろうが、そういう人は、自分の意に沿わない歴史本は最初から読むべきではないのであって、こんな投書をしてくること自体、お門違いも良いとこなのである。

 また、『万葉集』に登場する人物やエピソード(たとえば額田王ぬかたのおおきみや大津皇子)も物語のあちこちに盛り込まれていて、しかもそれを歴史事実の一部として取り込んでいるあたりも、ストーリーの工夫を感じる。どれも良いエピソードばかりで、元々『万葉集』に関心があったことがこの作品の製作の動機……という話も十分頷ける話である。こちらももう一つの見所である。

 ドラマとしては、登場人物たちが自身の行動について悩む様子もよく描かれていて、等身大の存在感があって良い。ただ、どの登場人物についても恋愛関係が中心に据えられてしまい、僕などはそれが少し鬱陶しさを感じる。もちろんこの作品自体、元々少女マンガなので、そういう部分がなければダメなんだろうし、著者自身、そういうところを描きたかったんだろうとも思う。こういう部分は、結局のところ、嗜好の違いというところに落ち着くわけだ。

 また、話が大河的に進むため、人物関係がわかりやすいというのもこのマンガの良いところである。先ほども少し触れたが、この時代の上流社会は近親婚が多いため、とにかく人物関係が複雑怪奇で、系図を見ただけでは関係がにわかにわからないんだが、そのあたりは自分なりに整理できたと思う。この作品のおかげである。

 最大の難点は、それもかなり致命的な難点なのだが、登場人物の描き分けがなされていないところで、登場人物はことごとく同じ少女マンガ顔であるため、なかなか区別できない。髪型とか装飾が違っていてそれである程度描き分けられてはいるが、ある登場人物がしばらく間をおいて出てくると、誰だったかまったくもって認識できない。里中満智子に限らず、(かつて主流だった)少女マンガは、大体そういうところがあるが、この作品は特に登場人物が多く人物関係も複雑であるため、ややこしさは最高レベルである。

 なお、この物語、元々作者が描きたかった素材だったらしいが、読者受けする可能性が低い題材であるため、当初は連載の話もなかなか進まなかったらしい。ところが、いざ連載が始まると人気が出て、そのまま連載が継続されるというはこびになった。だがその後、掲載誌が変わったり廃刊になったりしたために連載が途絶えるという憂き目にもあったらしい。ところが、著者の執念が凄まじかったせいだかわからないが、結局、残りの部分は書き下ろしで完結させたというんだからすごい(コミック版で数巻分)。こうして、本作は、里中満智子のライフワークと言える大作に仕上がったのだった。その後、この物語に続く話として、『長屋王残照記』を描き、さらにその後の時代を『女帝の手記』として描いた。都合100年以上の歴史を見事に描ききったのであった。

 この作品は、あまりに長いため、元々読むつもりはなかったのだが、著者が書き下ろしで完結させたという話を聞いてにわかに興味が出たため、古本を買って読んでみたというわけである。歴史解釈についてはあまり賛同できないが、物語としては非常によくできており、古代史に興味のある人であれば十分読む価値があると思う。

-マンガ-
本の紹介『長屋王残照記』
-マンガ-
本の紹介『女帝の手記』
-日本史-
本の紹介『六国史』
-古文-
本の紹介『ビギナーズ・クラシックス 万葉集』