Mine!
私たちを支配する「所有」のルール
マイケル・ヘラー、ジェームズ・ザルツマン著、村井章子訳
早川書房
所有権はソーシャルエンジニアリングの産物だ
「所有」についてあらためて考えてみる上での優れた素材。著者は法学者である。
僕自身は、法律の知識は乏しい方で、実のところ法律に対する関心もそれほどないのだが、この本については法律臭はまったくなく、法学者が書いた本と言われなければ最後まで気付かないのではないかと思う。
一般社会において所有権で揉めるようなさまざまな題材を取り上げ、そこから「所有」にまつわるあれこれに思いを馳せていくという構成である。たとえば、飛行機のリクライニングシートをどこまで倒して良いか(実際によくトラブルが起こるらしい)とか駐車スペースの場所取りなどが具体例として紹介される。こういうものには、所有権を主張するどちらの側にも理屈があり、またどちらの側にも非があることが多く、そのために解決が難しくなる。
本書では、この類の所有権争いがなぜ発生するかを検討し、所有権の基になっている考え方を「早い者勝ち」、「占有」、「労働の報い」、「付属」、「自分の身体」、「家族」の6つ(これを著者は「所有権ツールキット」と呼ぶ)に集約して説明する。所有権を主張する双方のそれぞれに理非があるのは、このいずれかの考え方に基づいているためであるが、その理非についての判断は、実のところそれぞれの人の見方によって変わってくる。そのため、ある人が「早い者勝ち」の感覚で所有権を主張し、別の人が「占有」の感覚で所有権を主張するということも頻発するため、そういう際に互いの間でいざこざが生じることになる。それぞれの主張に理はあるが、別の見方をすればそれはおかしいということにもなるわけである。
このようないざこざが起こるのは、それぞれの状況に応じた所有権の明確な規程が存在しないためで、一定の所有権が規定されている状況では、理不尽な主張であっても意見の対立は起こりにくい。たとえばディズニーランドで、アトラクションを体験するために何時間も並んでいる人々がいる一方で、大金を払えば並ばずに乗れるような制度がある(優先パス)が、それぞれの訪問者にとっては納得済みになる。これなどはディズニー側が恣意的に決定した制度であるが、実際の世界でも、こういった所有権全般について、それを管理できる当事者(一般的には権力者)が恣意的に決めることができ、そしてそれが行われているのが現代社会であるという結論に本書では達している。つまり所有権は、一種のソーシャルエンジニアリングなのだというのである。言い換えると、一定の満足できる形で決着させるよう設計されるのが所有権であるというのだ。
一方で、所有権を管理できる当事者に食い込むことで、自身の所有権を拡大しようとする人々も大勢おり(先ほどの例で言うと優先パスの利用者などがこれに近い)、いわゆる「富裕層」がさまざまな分野で優遇権を勝ち取り所有権を拡大させているという現状がある。こういった状況が税制や政治の分野で進んでいるのが現実であり、この傾向が将来に深刻な禍根を残すことは確実で、実際すでにさまざまな問題の原因になっている。このような憂鬱になってしまう現状も本書で紹介されている(第6章「家族のものだから私のもの……ではない」)。
ともかく所有権についてあらためて真剣に考えさせるような本で、内容が非常に充実している。また取り上げられる事例がことごとく面白く、同時に、自分が当たり前のように「自分のもの」と感じているものについても再考を促されるような、有意義な素材であったと言える。この本が、「所有」という概念について考える上での新たな指針になり得ると思えるような立派な著作であった。