のんのんばあとオレ
水木しげる著
ちくま文庫
桁外れの破天荒さに驚愕
『のんのんばあとオレ』の大元はこれ。1977年に発表されたエッセイである。
内容は、水木しげるの少年時代を描いたもので、ガキ大将として君臨するまでの小学生時代が中心である。のんのんばあの記述ももちろんあるが、マンガ版、ドラマ版のように主役クラスの存在ではなく、この本では途中で死んでしまう。のんのんばあに対する水木少年の態度は、マンガ版・ドラマ版ともある程度一貫しているが、あちらほどの親密さはこのエッセイでは描かれない。一読者としては、むしろのんのんばあが生活に大変困窮していたという側面の方に目が行った。
水木少年については、なにしろ破天荒な子どもとして描かれる(実際もそうだったんだろうが)。幼少時は、言葉が出るのが遅かったりしたため「知恵遅れ」(知的障害児)と見なされ、学年も1年下に入れられたというほどである。遅刻の常習(朝飯を食い過ぎるため始業に間に合わない)で、算数がまったくできず、授業ではいつも廊下(など)に立たされている。算数の時間に先生が何か質問はないかと訊いた時に「なぜこんな面倒くさいことをやらなければならないのか」という(至極もっともな)質問をしてえらく怒られたというエピソードが非常に「らしい」と思う。別のガキ・グループとの戦闘に明け暮れる毎日で、家ではいろいろな変なものを集めてきては絵を描いたり小説を書いたりする。それでいて学校の成績は良くない(立たされてばかりだからしようがないが)。とにかく痛快なくらいユニークな存在なのである。
兄と弟は大学まで進むが、水木少年は小学校高等科(就職組のためのクラス)を卒業してから大阪の印刷工房に勤めるという非エリートコースを進んでいく。だが、水木少年を愛してくれる人たちも周囲にいるんで魅力的な子どもだったのだろうと思う。いずれにしろ、水木少年は器が大きすぎて、学校という入れ物に入りきれなかったという印象である。何度も言うが「破天荒」なのである。そのあたりの描写がこのエッセイの魅力で、当時の子ども達の世界も丹念に描かれていて興味深い。文章も簡潔で読みやすい。ストーリーテラーとしての水木しげるを堪能できる一冊である。
水木少年のその後も気になるところだが、そのあたりは『ほんまにオレはアホやろか』や『ビビビの貧乏時代』で触れられている。都会に出て苦労するという点では『路傍の石』と共通するわけだが、水木作品には悲壮感があまりなく、全編淡々と描かれるため、あまり辛さは感じられない。逆に考えると、楽観的に前向きに生きることこそ大切さだという結論になるわけだ。