白文攻略 漢文法ひとり学び

加藤徹著
白水社

こんな本が欲しかった

 漢文に接していると、文法的に英語に似たところがあることに気付く。たとえば「於」は、訓読の世界では「置き字」ということにして読まなかったりすることも多いが、「〜で」とか「〜に」とかいう意味で名詞の前に置かれていることが多いように感じる。してみるとこれは英語の前置詞のinやatに相当するんじゃないかと感じたりする。日本語で訓読して前後の文字に行ったり来たりするのも良いが、元々の文字の意味をくんだ上で、そのまま英語みたいに前から読んでいくのもありなんじゃないかと感じることも多い。とは言っても、漢文を読むために中国語を勉強するというのもエラい回り道みたいだし、そもそも漢文は現代中国語とも大分違うという。とすると漢文の文法について書いた本が欲しくなる。残念ながら学習参考書にはそういったものがないのだな。学生時代に読んだ『漢文法基礎』にはそういう要素がなきにしもあらずだったが、文法書として考えるのはどんなものかと思う(雑談みたいな語り口で整理されていないこともある)。

 そんなときに見つけたのがこの本。ホントに学生時代にこんな本があったら良かったと思うような内容(著者自身も「『自分が漢文を学び始めたころ、こんな本があったら良かったのに』という思いで書いた」らしい)で、漢文法について、全21課に渡り(ただし最後の1課はまとめ)「代名詞」、「否定詞」、「疑問詞」などの項目で章立てされていて、非常に要領よくまとめられている。説明も必要十分でわかりやすい。中には「繋詞けいし」などという見慣れない文法用語の課もあり、これまでの外国語の感覚と違うことにも気付く。

 文法事項ももちろんしっかり紹介されているが、それ以外にも漢文の特徴、特質についても紙面が割かれていて、こちらも非常に興味深い。たとえば「漢文は、中国だけのものではな」く「日本、朝鮮、越南(ベトナム)などの漢字文化圏においては、十九世紀まで、漢文が学問や公文書の『公用言語』であった」という記述は目からウロコである。つまり「漢文は、過去三千年分の『東洋文明の集積知』にアクセスするためのツール」と言うのである。言ってみればヨーロッパでいうギリシャ語あるいはラテン語みたいなものということになる。漢文の特質をこれほど適確に表現した文言はこれまで目にしたことがなかった。漢文ってすごいんだなーとあらためて思う。

 とりあえず一読してみたが、この本は何度も読む価値があると思う。何度も読んで、自分の教養の一部として身につけたい素養、それが漢文である。漢文に対してそういう思いを持ったのは初めてで、本当に何度も言うが目からウロコの思いがした。そういう本であった。

-漢文-
本の紹介『漢文の素養』
-漢文-
本の紹介『老子』
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本の紹介『ビギナーズ・クラシックス 墨子』
-漢文-
本の紹介『ビギナーズ・クラシックス 韓非子』
-国語-
本の紹介『漢字伝来』
-国語学-
本の紹介『日本人のための日本語文法入門』