ぬけ穴の首 西鶴の諸国ばなし
廣末保著
岩波少年文庫
西鶴作品の翻案集
井原西鶴の『西鶴諸国ばなし』の4編、『懐硯』の2編、『日本永代蔵』の1編を現代語で書き直して集めた短編集。著者は近世文学の研究者で既に故人。元々は1972年に出版された本のようだが、2019年3月になって「岩波少年文庫」に新たに収録された。新聞の書評で紹介されていて興味を持ったことから、今回購入して読んでみた。
収録されているのは「牛と刀」(出典は『西鶴諸国ばなし』「神鳴の病中」)、「狐の四天王」(同じく『西鶴諸国ばなし』「狐四天王」)、「真夜中の舞台」(『西鶴諸国ばなし』「形は昼のまね」)、「ぬけ穴の首」(『西鶴諸国ばなし』「因果のぬけ穴」)、「お猿の自害」(『懐硯』「人真似は猿の行水」)、「帰ってきた男のはなし」(『懐硯』「俤の似せ男」)、「わるだくみ」(『日本永代蔵』「茶の十徳も一度に皆」)の7本。
訳文自体は直訳ではなくこなれた日本語で、非常に読みやすくまとめられている。著者によると、原文の3倍から9倍ぐらいの長さになっているらしい。ストーリーは西鶴らしく、奇想天外で感心する。ただ「狐の四天王」については話が収束していないという印象で、サスペンド状態で終わったような印象である。おそらく元々はどの話もダイジェストみたいなものなんだろうが、これだけ膨らませると、現代人が読んでも十分楽しめるようになる。それは太宰治の『新釈諸国噺』でも感じたが、小説に求めるものが現代と江戸時代で違うのか、あるいは時代感覚が違うのかはよくわからないものの、こういうふうに翻案してもらうとその差が縮むというか敷居が低くなるため、こういった翻案小説は西鶴入門書としては格好の素材と言える。この翻案を読んで興味が沸いたらこの後原書に進めばよろしい。それを考えると、「岩波少年文庫」という中高生向けのラインアップではあるが、成人でも十分楽しめる、奥行きの深い短編集であると言えるんじゃないだろうか。
追記:
その後、『日本永代蔵』の「茶の十徳も一度に皆」を読んでみたが、本書の著者が、物語を面白くするためかなり脚色を加えていることがわかった。言わば説話と芥川龍之介の関係みたいなものか。『日本永代蔵』の記述は、『世間胸算用』同様、本当にエッセンスみたいなものである。