この人を見よ

フリードリヒ・ニーチェ著、丘沢静也訳
光文社古典新訳文庫

誇大妄想と被害妄想の書

 フリードリヒ・ニーチェの遺作である。『ツァラトストラはこう語った』や『善悪の彼岸』を世に問うたが、黙殺されたニーチェが、世間に対して、私を無視しないで高く評価しろと訴えたのがこの書である。

 章がいくつかに分かれていて、「なぜ私はこんなに賢いのか」、「なぜ私はこんなに利口なのか」、「なぜ私はこんなに良い本を書くのか」、「なぜ私は運命であるのか」、「宣戦布告」などというタイトルが付けられている。また、「なぜ私はこんなに良い本を書くのか」では、自著について解説を加えている。タイトルから見てわかるように、このような本が大衆にあまり受け入れられないのは想像に難くないところで、むしろこの本からは、誇大妄想と被害妄想の兆候が見てとれる。

 ニーチェの著者は、比喩などの修辞が非常に多く、わかりにくい部分も多いが、基本となっているのは、キリスト教で提唱される道徳に対する反対声明というところに落ち着く。『アンチクリスト』がまさにその代表的な考え方であって、そのあたりを踏まえていれば、ややこしい修辞についてもある程度理解することができる。『ツァラトストラ』についてもそうで、修辞的な表現が非常に多いため、僕に言わせれば思想の書と言うより詩と受け取った方が良いように思う。

 『ツァラトストラ』はともかく、本書については、先ほども言ったように、自慢あるいは高慢に終始しているという印象で、真面目に読む本ではなかろうと思う。もちろんニーチェの背景を知る上で役に立つ部分もあるが、それ以上ではない。本当に誇大妄想の言動を延々と聞かされるという感じの内容である。翻訳については、日本語としての読みづらさは少ないが、そもそも過剰な修辞が多く、決して読みやすい本であるとは言えない。じっくり腰を据えて取り組めば読めないことはないが、じっくり腰を据えて読むだけの価値がこの本にあるかと言えば、答えはノーである。せいぜいのところ、拾い読みで十分である。

-思想-
本の紹介『純粋理性批判〈1〉』
-文学-
本の紹介『変身/掟の前で 他2編』
-文学-
本の紹介『白夜/おかしな人間の夢』
-文学-
本の紹介『黒猫/モルグ街の殺人』
-文学-
本の紹介『酒楼にて / 非攻』
-古文-
本の紹介 『虫めづる姫君 堤中納言物語』