変身/掟の前で 他2編
カフカ著、丘沢静也訳
光文社古典新訳文庫
読みやすいのは翻訳のせいか?
「いま、息をしている言葉」つまりこなれた日本語で翻訳するという発想の光文社古典新訳文庫。出版界に妙ちくりんな古典翻訳がはびこっている現代日本において、こういう発想はなかなか斬新であり、見上げたアプローチと言える。とは言え、この『変身/掟の前で 他2編』についてはそもそもが近代小説であり、(比較していないので正確なことはわからないが)従来の翻訳とそれほど違っていないような気もする。少なくとも特に素晴らしい翻訳という印象は受けなかった。逆に、主語が省略されているなどわかりにくい文章がところどころあったりして、本当にこの翻訳が正しいのだろうかと感じる箇所もあった。
本書で取り上げられている作品は、表題の『変身』と『掟の前で』の他、『判決』と『アカデミーで報告する』の計4編。底本となっているのは『史的批判版カフカ全集』というもので、カフカが最初に書いたオリジナルにもっとも近いものらしい。『変身』が中編だが、あとは短編であり、本書の目玉はやはり『変身』ということになる。ある朝目が覚めると虫になっていたという例の不条理小説である。不条理な前提だが、その前提をそのままリアリティを維持した状態で押し通すという毛色の変わった話である。この文庫で100ページくらいだが、なかなか読ませるため、まったく飽きずに一気に読んだ(もしかしたら「息をしている言葉」もその一因だったかも)。この4編の中ではもっとも印象的であった。
僕自身は、基本的には小説はなるべく映画やドラマなどの形式で見たいと考えている人間であるが、本書の4編については映像よりも文章の形で読む方が適切なような気がする。どれも映像化が難しそうな上、おそらく映像化してもあまり面白くないんではないかと思う。そもそも映像があるのかどうかさえ疑問だが、もし僕と同じような考え方を持っている人がいるのであれば、ぜひ小説でお読みくださいと進言したい。
注記:
今調べてみたら、『変身』は少なくとも過去4回映像化されていた。映像という具体的な形で示されると、巨大な虫の描写が生々しくなって、いけないような気がするがどうなんだろうか。