虫めづる姫君 堤中納言物語

蜂飼耳著
光文社古典新訳文庫

『堤中納言』に触れるにはもってこい
ただ少々サービス過剰……

 鎌倉時代あたりに書かれたという『堤中納言物語』を現代語訳した本。訳したのは蜂飼耳って人。小説やエッセイなどを書いている人らしい。

 日本の古典だからと言って必ずしも原文で読む必要はなく、こなれた現代語で読むのもまたよし。高校の教育のせいか、古文は原文で読まなければならぬという思い込みが強いのは日本人の悪い癖である。むろん古文原文で読んだ方がそりゃ良いわけだが、原文で読むのは一般的には難しい。無理して読むにはちょっと……ということで結局古典作品をまったく読まないことになる。むしろ外国人であれば(ネイティブ言語の)現代語で接することもできるわけで、外国人で日本の古典が好きという人が、日本人より(割合的に)多いということすら起こっている。これは、日本人にとってははなはだもったいないことである。

 そこで出てくるのが、こういった現代語訳版である。同じ発想の本は最近増えているようだが、内容を楽しむという目的であればこれで十分。この『堤中納言物語』は、10本の短編で構成されている短編集で、その中でも「虫めづる姫君」が有名な作品である。

 世の中では蝶よ花よと蝶を愛でたりするが、物事の本質を知りたいのであれば、蝶の姿を見るだけでなく蝶に変わる毛虫こそ大事だなどと主張する(正論を吐く)姫君の話で、この話に限ってはなかなか凝った設定で面白い。ただし他の短編については、大したオチもなく、情景描写に終始するような話ばかりで、現代的な感覚の短編小説とはちょっと違う。そのため、そういうものを期待するとガッカリするかも知れない。「虫めづる姫君」についても、話はなかなか面白い過程を辿って推移するが、結末がないと来ている(「続きは第二巻」などと書いているが第二巻は存在しない)。中世の物語らしく和歌も多数出てきて、『伊勢物語』や『大和物語』などの歌物語みたいにも思える。実際『伊勢物語』と『大和物語』に出てくる話とよく似た「ザ・定番」というような話もある(ある男が妻(または愛人)と関係を切ろうとするが、女がふと詠んだ和歌に感動して、そのまま居着くという話)。そのあたりがこの『堤中納言物語』の限界なのかと思う。

 訳はまずまずこなれていて非常に詠みやすい。この文庫本シリーズのキャッチフレーズが「いま、息をしている言葉で、もういちど古典を」というものであることを考えると、目的には十分適っている。また、一般的にあまり知られていない事物については詳細な注や写真、図版で解説されており、和歌についても、その都度ちゃんと解説されている。非常に親切な配慮がうれしい。それぞれの話は、訳者が現代的なタイトルを付けており、またそれぞれの話に続けて解説風の文章も付いているが、これは不要だったような気がする。ま、しかし、古典作品の入門として読む分には、なかなか良いんじゃないでしょうか。

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