雪ぐ人
えん罪弁護士 今村核

佐々木健一著
NHK出版

異常な状態の日本の司法が照らし出される

 かつてNHKで放送された『ブレイブ “えん罪弁護士”』という番組に登場した弁護士、今村核を紹介した本。著者は、あの番組のディレクターで、つまりこの本はあの番組のスピンオフ企画である。あの番組で紹介した事項、紹介しきれなかった事項をまとめて一冊の本にしたというものである。

 今村核という人、「えん罪弁護士」という異名をとる豪腕弁護士で、これまで14件の無罪判決を勝ち取っている。日本の司法制度は有罪率99.9%という異常な状況で、つまり一端起訴されるとほぼ間違いなく有罪になる。司法の建前は「疑わしきは罰せず、被告の有利になるようにする」というものであるが、実際は裁判所で満足に審理されるようなこともなく、流れ作業のように有罪判決が出されてしまう。そのため無罪を勝ち取るためには、検察側の疑問点をつくだけではダメで、検察側の立証が不可能であることを示す証拠を二重三重に重ねなければならないという。それをこの今村弁護士はやっているため、多くの無罪判決を勝ち取っているわけである。

 ただしそのためには、他の案件を犠牲にするなどして、その案件に集中的に取り組み相当なエネルギーを注がなければならず、しかも多くの場合、この種の刑事裁判はまったく金にならないため、職業として成立しない。今村弁護士がそれをやっているのは、司法の現状があまりにひどく、それに満足することが自身の存在を否定することに繋がると思っているためではないかと本書では推測している。

 今村弁護士は、少年期に親子関係に問題を感じていたようで、抑圧的な父親に対して反発を感じていた。そのために自分の存在価値を見出すことができずにいた。学生の頃関わったボランティア活動を通じて、社会的に弱い立場に立たされている人々を支援できないかと考え法曹界に進んだが、「日本の裁判所が「有罪か無罪かを判断するところ」ではなく、「有罪であることを確認するところ」になっている」という現実に触れるにつけて、無実を主張する被告人を救うために全力で取り組むようになったらしい。

 本書では、痴漢冤罪事件のある裁判で、今村弁護士が実際にどのように無罪を立証したかが紹介されているが、その取り組み方は確かに目を瞠るものがある。ただ実際に、このくらいのエネルギーを注がなければ、冤罪を雪ぐことができないらしいのだ。要は、今村弁護士が生み出されたのは、日本の司法制度の不健全さが原因であるということで、この弁護士が注目されることによって逆に日本の司法の問題点があぶり出される結果になっているわけである。

 本書では、今村弁護士の生い立ちから現在の活動に至るまでを丹念に紹介しており、その寄って立つところ(多くは著者の解釈によるものだが)がわかるようになっている。元のドキュメンタリー作品の内容を事細かに記憶していないため、この本の情報に、元のドキュメンタリー作品とどの程度の差があるかは今となってはわからないが、少なくともあの作品の再確認にはなる。また司法の問題を考えるよすがにもなる。そういう点でも読む価値がある本だったと言える。

 本書の主人公である今村核氏だが、実は昨年死去している。詳しいことは伝えられていないが、社会正義を照らし出す光が一つ消えたことは明らかである。

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