騙されてたまるか
調査報道の裏側
清水潔著
新潮新書
社会正義を実現するためには
調査報道は不可欠
著者は元々雑誌の『フォーカス』なんかで記者をしていた人だが、警察・検察が動かなかった事件について執拗に取材を重ねて真実を暴露した結果、警察・検察を動かした(そして結果的に事件が解決した)経験をたびたび持つ「調査報道」のスペシャリストである。
有名なところでは「桶川ストーカー殺人事件」や「足利事件」、それから日本で凶悪犯罪を行った直後に母国にトンズラしたブラジル人数人(強盗殺人を含む)の追及なども、著者が雑誌やテレビを舞台にして取り組み、事実を世間に暴いてみせた事件である。
「桶川ストーカー殺人事件」については、当初、被害女性側に問題があるとされており警察もろくに動こうとしなかったが、著者が『フォーカス』を舞台に事実を追及しストーカー犯を特定したことから、検察・警察もついに動き出し、真犯人の足取りを追うに至る(この犯人はやがて自殺)。同時に警察自体が、被害者による「殺される」という訴えをそれまで無視していたことまで明るみに出て、問題の根深さを暴いたのだった。その後、この事件を教訓としてストーカー規制法が制定されることになったのも記憶に新しい。ただ著者らが取材活動を行わなければ「ストーカー殺人」が明るみに出ていなかった可能性も十分あり(検察・警察が不正を隠して動こうとしなかったため)、それを考えると著者らの功績はきわめて大きい。
それは「足利事件」でも同様で、連続幼女殺害犯として捕まっていた容疑者が実はまったくの無実であったことが著者の調査報道で明らかになり、結局この元容疑者は逮捕されてから17年目に釈放されることになった。著者は、真犯人を突き止めたとしているが、これについては警察には知らせているが世間に発表していないらしい(公訴時効が成立しているため)。
このような経歴を持つ著者が、自らの体験を元に調査報道の重要さを訴えるのがこの本である。特に著者が実際に行った調査報道は「命の危険も顧みず」というような状況もあり、本書で紹介されるその現場の様子は緊迫感があって、読みものとしても非常に面白い。だがやはり、民間の記者が調査報道で事実を明るみに出すまで、警察が事実に迫っていないことの方が問題に思える。日本の警察は優秀などと世間では言われているが、この辺もかなり怪しいんじゃないかと思ってしまう。結局のところ、今言われているような警察の成果も、適当に犯人をでっち上げて終わりにしているからではないかと感じる。冤罪がやたら多いというのもそのあたりに原因があるのではないだろうか。こういう現状を放置しておくと、真の凶悪犯が街中をウロウロしている状況が現実に起こるわけで、それを考えると、著者らの活動、つまり調査報道の重要さがあらためてよくわかる。
政治の現場では、調査報道が著しく少なくなり(「記者クラブ」が主導する)発表報道ばかりになって久しいが、それが2010年代以降の全体主義的風潮を生み出す結果に結びついていることは明らかである。報道機関はすぐにでも調査報道を再び自らの手に取り戻す必要があるのではないかと感じる。調査報道に軸足を移すことは報道機関の存在意義にも関わることで、今こそ自らの存在意義を証明すべきときではないだろうか。
本書の著者はほぼ単独でこういった事件の調査報道を続けているわけで、それでもこれだけの成果を上げ続けることができている。ある程度の力を持つ報道機関であれば、少しの勇気と使命感があれば決してできないことではないと思うのだが。