私のイラストレーション史
南伸坊著
亜紀書房
私的であるが同時に公的な
現代日本イラストレーション史
イラストレーターの南伸坊氏、最近は以前ほどマスコミに出ていないんで、あまり我々が目にすることもないが、イラストレーションより本の装丁が仕事の中心になっているようである。
元々伸坊氏のイラストは、情報センター出版局から出た『私、プロレスの味方です』で最初に触れたか、あるいは同じく情報センターの『月刊ジャーナリスト』が最初だったかわからないが、いずれにしても僕が知ったのは情報センター経由だったと思う。僕は彼の絵が好きだったし、その後雑誌やテレビで赤瀬川原平らと面白いことをやっていたのも、傍で見ながら面白い人たちだなと感じていた。見ているこちらも彼らと同じように楽しんでいたという記憶がある。
当時僕にとっては、テレビによく出る(そして毎回面白いことをやっている)文化人というような印象だったため、高校、大学、就職などさまざまな試験に落ち続けた、言ってみれば落ちこぼれの人生だったと聞くとかなり意外な感を受ける。大学も落ちて行き場がなくなったため、無試験で入学できた「美学校」に辿り着き、そこで赤瀬川氏や木村恒久他、錚々たるイラストレーター、文化人らと知り合い、イラストレーターとしての指針が定まっていくというんだから人生わからないもので、まさに人間万事塞翁が馬である。その後も松田哲夫の紹介で筑摩書房の入社試験を受けるが(松田の裏工作がありながらも)こちらも落とされ、その直後に『ガロ』の長井勝一に誘われて『ガロ』の編集者になるのである。
『ガロ』時代は、長井氏に自由にやらせてもらって、好きな紙面を作ることに没頭する。その際に指針になったのは、昔から憧れていた『話の特集』の和田誠の編集であったが、その面白主義がためか、結果的にさまざまなマンガ家やイラストレーター(渡辺和博、安西水丸、ひさうちみちお、湯村輝彦ら)を発掘することになった。他にも『ガロ』の常連である白土三平、水木しげる、つげ義春、川崎ゆきお、佐々木マキらともこの過程で懇意になった。
このように、学生だった時代から『ガロ』時代に至るまで、イラストレーション(マンガを含む)の最先端に直に触れてきている著者が、改めて自身の視点から、同時代のイラストレーションを語るというのがこの本のコンセプトである。元々はウェブマガジン(「あき地」)での連載である。
ただ、僕自身は南伸坊氏にはかなり思い入れがあるんだが、この本についてはそれほど思い入れを感じることはなかった。『ガロ』時代のマンガ家、イラストレーターについては僕も部分的に同時代で、それなりに知っているが、僕自身は南氏ほど彼らを評価していたわけではない(というよりほとんどは良さがわからない)ので、南氏がいくら彼らのすごさを表現してもあまり伝わってこない。また、それ以前の時代については、作家のことをよく知らなかったりで、こちらもあまり感情移入できない。こちらが高く買っている赤瀬川原平やひさうちみちおの話、あるいは南伸坊氏の個人的な話になると、僕自身は俄然面白さを感じるんだが、それ以外はもう一つという感じが残る。だがもちろんそれはこちらのわがままというものだろう。この本のコンセプトは、1960〜80年の(私的)イラストレーション史なので、そのあたりに文句を言う筋合いはないのである。南伸坊が赤瀬川原平や美学校のことを書いている本と聞いて(そしてこれは事実)この本に当たってみたわけだが、少々僕の期待が大きすぎたのかも知れないと反省している。