日本まんが 第壱巻
「先駆者」たちの挑戦

荒俣宏編著
東海大学出版部

日本マンガ史の第一級資料

 マンガ・オタクの荒俣宏が、日本マンガの歴史を辿るため、マンガ作家や収集家などにインタビューしてまとめた本。かなりマニアックで、著者も言っているように一般受けするような類の本ではない(出版できるかどうかが危ぶまれていたらしい)が、資料的な価値は非常に高い。

 本書では、日本にマンガがどのように取り込まれ、それが発展したかについて考察するが、そのためにまずマンガ研究家の清水勲に話を聞く。この本の特徴でもあるが、インタビューの内容をかなり忠実に再現していて、さながら現場に居合わせているかのような臨場感がある。したがって非常に読みやすいし、語られている内容も専門的ではあるがわかりやすい。

 清水氏の話もかなりマニアックだが、日本のマンガが北斎漫画の時代を源流として、その後明治期に(ビゴーで有名な)ポンチ絵や、アメリカで流行していた新聞漫画(コミック・ストリップ)などの影響を受けてきたという流れがわかる。この影響により日本でも部数獲得のために新聞でマンガが発表されるようになった。こういうものが子どもたちに受け、やがて子ども向けの絵物語が売られるようになる。一方で新聞媒体を中心とした時事漫画も勢力を維持するという時代が戦後に至るまで続く。

 戦後になると、手塚治虫が現れ、それまでの子ども向けの絵物語的なマンガを一気に近代化した。そうして手塚の影響を受けたマンガ家たち(トキワ荘グループなど)が次々に登場して、マンガ週刊誌の隆盛と共にマンガ文化は現在のような地位を築くことになった。一方時事漫画の方は、「漫画集団」というやや閉鎖的なグループが主導権を取り、こちらも一つの潮流として永らく地位を保っていた。

 マクロ的にはこういう流れだが、その中で具体的にどのように時代が動いてきたかは当事者でなければわからない。そこで、当事者たちの話を聞くことで、埋もれてしまっているミクロ的な歴史を掘り起こそうというのが、本書の趣旨である。で、トキワ荘グループからは水野英子、漫画集団からはやなせたかし、トキワ荘グループからやや離れた位置付けとしてちばてつや、貸本漫画から水木しげるという具合にさまざまなジャンルの第一人者から話を聞くということになるわけだ。

 それぞれの作家たちが非常に興味深い話をしていて、ま、トキワ荘グループや水木センセイは他でもよく語られるんで、それほど目新しさはないわけだが、それでも面白い話はふんだんに出てくる。何よりあの水野英子が、今マンガで食べていくことができないというのが驚きであった。マンガを描いていないわけではなく、長編ものを描き続けているのだが、どこの出版者も出版、掲載してくれないらしい。出版社が過剰に商業主義に走っているため、売れそうにない硬派なものは端から避けられるらしいんだな。それを思うと、日本のマンガの将来も暗いという気がする。

 ちばてつやの若い頃の話も非常に面白い。ちばてつやは、デビュー当時、『ちかいの魔球』(『巨人の星』への影響も大きかったという)という野球マンガを出していたんだが、本人は野球のことをまったく知らなかったらしい。それを考えると、当時のマンガ界というのも実にいい加減な世界だったと言えるが、そういういい加減さを伴っている業界だから面白かったのかもしれない。なんでも杓子定規に経済性ばかり考えるようになるとつまらなくなるのは、今の放送業界や出版業界を見れば一目瞭然。せめて水野英子に発表の場を与えるくらい、融通の利く業界になったらどうだと思う。もっとも、そういう部分はこの本についても言えるわけで、こういう流通に乗りにくい地味な本がなかなか出版されないというのも問題である。それを考えると東海大学出版部はエラいと言える。

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