殺人犯はそこにいる

清水潔著
新潮文庫

骨太のジャーナリズム

 かつて、桶川ストーカー殺人事件で事件の全容を解明して真犯人を突き止めた、ジャーナリストの清水潔が、その後、足利事件を含む北関東連続幼女誘拐殺人事件の解明に挑み、(おそらく)その真相の究明に至るまでの過程を描いたノンフィクション。しかもその過程で、飯塚事件が冤罪であったことも示すというおまけ付きである。

 日本テレビの社会部長に「未解決事件」の報道特番の企画を持ちかけられ、公訴時効が近い「横山ゆかりちゃん誘拐事件」に関わることになる。そこで、近隣地域で同じような年齢の幼女が誘拐され殺害されているという事例が多発していることを知り、これが同一犯による連続殺人ではないかと考え、取材を深めていくという流れになる。取材を続けるうちに、一連の幼女殺害事件で唯一犯人が捕まっている、いわゆる「足利事件」に目を留める。収監されている「犯人」は無実を訴えている上、証拠とされるDNA鑑定がかなり怪しいものであることがわかり、周辺住民の聞き込みや被害者家族との面会(そこに至るまで相当苦労している)を通じて、「犯人」とされている菅家利和さんがまったくの無実で、真犯人が他に存在することを突き止める。しかもその真犯人(ルパン三世のような容貌であるため著者は「ルパン」と呼んでいる)まで突き止め、本人に対し直接取材まで行っているのである。つまり警察、検察が突き止められなかった事件を解明し、周辺で起こった誘拐殺人事件のすべてが同一犯であることを解明したというわけで、桶川ストーカー殺人事件同様、著者をはじめとする数人のスタッフで達成した大手柄であるはずなのだが、検察・警察はその非を認めようとせず、最終的にはほとんどがうやむやに済まされてしまったのだった。

 「足利事件」については、著者らが行った日本テレビのキャンペーンが功を奏し、「犯人」とされていた菅家さんが釈放され、その後無罪判決を勝ち取るまでになったが、他の事件については警察・検察は動いていない。「ルパン」の情報を検察に提供しているにもかかわらずである。著者の推理では、当時、足利事件と同様のDNA鑑定で重大事件の犯人にされた人々がおり、そのためにDNA鑑定を覆す結果が出せない、つまり検察のメンツのためということだが、いかにも日本の役所のやりそうなことで納得がいく。そのために同様のDNA鑑定で死刑が執行された飯塚事件についても調査し、当時のDNA鑑定が誤っていたこと、つまり「容疑者」が冤罪で死刑に処された可能性が非常に高いことを示している。著者の主張では、役人のメンツのために無実の人が「死刑」に処せられたことになるわけで、つまりそれは「死刑」という名の集団殺人に等しいわけである。

 本書では、こういった取材の過程を迫真の描写で紹介していくが、さながらミステリー小説のような展開で、著者の筆力にも感心することしきりであった。実際本書は、日本推理作家協会賞というノンフィクションらしからぬ賞も受賞している。もちろん内容も新事実目白押しな上、その論考は、検察の病弊、報道のあり方、記者クラブ制度の問題などにまで至っており、日本国内に横たわる病理が明らかにされる点でも画期的である。「調査報道のバイブル」と呼ばれるのもよくわかるというもので、ジャーナリストを志す人々であれば、一度は読んでおきたい書であると言える。

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