「南京事件」を調査せよ
清水潔著
文春文庫
ジャーナリズムの手法を駆使して
南京事件に迫る
1937年、大日本帝国の陸軍が中華民国の首都、南京に攻め入り、そのときに現地住民を虐殺したとされているのが、いわゆる南京事件。被害者側の数多くの訴え、当時それに関わった元軍人の数多くの証言があるにもかかわらず、日本国内では、この虐殺行為自体をなかったことにしたい勢力がいまだに存在するようで、教科書の記述にまで難癖をつけ、記述内容を変更させたりしている。彼らに言わせると、日本人がこのような恥ずべき虐殺行為を行うわけがなく、恥知らずの中国人が事実を誇張して騒いでいるだけという主張のようであるが、過去の恥ずべき行為をないことにすることの方がよほど恥ずべき行為に思える。
それはともかく、この南京事件について、その本当のところを探ってみようとしたのが、調査報道でお馴染みのジャーナリスト、清水潔である。日本テレビの『NNNドキュメント』の企画として南京事件に迫ることになり、清水潔がその取材と構成を担当することになったのだった。その際、これまでの調査報道で培ってきた方法論を駆使して、南京事件の真実に迫ってみようとしたのである。
取材に当たってもっとも重視するのは当時の記録や証言であり、事件の数十年後に語られた「証言」は(変節した可能性が高いため)必ずしも信頼性が置けないとするアプローチを採る。そのために同時代の記録、証言を一次史料として採用し、そこから現在の地形や当時の状況などを勘案しながら、真相を探求するのである。
で、そういう一次史料から浮かび上がってきた「事実」は、長江流域で数万人の捕虜(現地の市民も含まれる)が帝国陸軍によって一方的に虐殺されたこと、南京城内でも女性や子どもを含む市民が無差別に残虐な方法で殺し尽くされたということである。しかも当時のこの惨状は、日本の新聞や現地に記者を派遣していた海外の新聞でも詳細に報道されており、こうなると、事実でないという主張はもはやまったく根拠を持たない。
なかったことにしたい保守反動勢力の一派は、これまでの記事に含まれる誤謬や紛らわしい点を追及することで、一部が間違っているからすべてが間違っているという一点突破の論法をとるのが常で、実際、この企画が『NNNドキュメント』で番組化されて放送された後も、産経新聞が同じ論法で南京事件に疑問を投げかけた記事を載せたらしいが、本書(文庫版)ではそれについても反論している。早い話が、産経新聞のこの記事を書いた記者、ろくに番組も見ておらず、自分の思い込みで反論を試みたようで、報道記者としての程度の低さを露呈したのだった。
清水潔の仕事とこの産経記者の仕事のどちらに価値があるかは一目瞭然で、後者のような似非ジャーナリズムならば存在する価値はまったくないのである。一方で、本書の著者、清水潔による、実証を重ねて真実に近づこうとする姿勢こそがジャーナリズムの本質なのであって、同時にこの方法論は学問的・科学的アプローチとも言える。こういう地に足をつけ不正を追及する実証主義的な姿勢こそ、世界中のあらゆる場所で必要とされるアプローチであり、ゴミのような似非報道機関は存在価値がまったくないと言っても過言ではない。とっとと消えてもらいたいものである。