何が記者を殺すのか
大阪発ドキュメンタリーの現場から

斉加尚代著
集英社新書

報道メディアの重要性がよくわかる

 大坂にある毎日放送では、『映像』というドキュメンタリー・シリーズを月に1回程度放送しているが、過去この『映像』の枠で、さまざまな問題作を製作した報道記者、斉加尚代が、その番組の舞台裏、特に一部の心ない人間から浴びせられた心ない非難や嫌がらせを赤裸々に紹介し、その出所まで暴いた、非常に意欲的な本である。

 基本的には、過去のドキュメンタリー作品4本について製作過程を紹介していくというスタンスであるが、その放送に対する(一部の視聴者による)嫌がらせなどもあわせて紹介しており、2010年以降に世間に溢れた(いわゆる「バッシング」とか「炎上」などという言葉で象徴される)「偏狭な考えのゴリ押し」の風潮も、比較的冷静な立場で紹介している。もちろんその当時は相当なショックを受けていたことが予想されるが、時間が経っているせいか、冷静さが維持されていて、そのためもあり落ち着きを持った立派な本に仕上がっている。

 本書で紹介されるドキュメンタリー作品は、『映像’15 なぜペンをとるのか 沖縄の新聞記者たち』、『映像’17 沖縄 さまよう木霊 基地反対運動の素顔』、『映像’17 教育と愛国 教科書でいま何が起きているのか』、『映像’18 バッシング その発信源の背後に何が』の4本。最初の『なぜペンをとるのか』と2本目の『さまよう木霊』は、当時沖縄の基地移設問題で反対運動を展開していた地元住民に対して、デマや決めつけで攻撃するということが一部マスコミで横行していたために、その真相を伝えるため、現地の新聞記者に取材することでその真相を暴くという意欲的な作品である(ようだ……僕自身まだ見ていないため本当のところは未確認)。東京メトロポリタンテレビで放送された『ニュース女子』という偏向番組(DHCテレビが製作したもの)で、住民が機動隊に対して攻撃したとか、けが人が乗っていた救急車を強制的に停止させたとか、いい加減なデマが流されたが、その真偽を自ら確認し、このデマの出所まで突き止めて、結局、単なるフェイクだったということを突き止めるのである。一方で、『ニュース女子』の製作者側は開き直っているという現状がある(日本の嘆かわしい伝統の一面である)。そして、いまだにこのデマを拠り所として、沖縄住民への攻撃を続ける愚か者が存在しているという状況をレポートしたのが、これらのドキュメンタリーである。

 『教育と愛国』は、愛国心を教育の現場に持ち込もうとする安倍政権、大阪市の「維新」政権による政策を徹底的に究明しようというもので、この政策の問題性を追究したドキュメンタリーである。こういう問題に対して、バッシングを恐れて消極的になるメディアが多い中で、よくぞこんなドキュメンタリーを放送してくれたと思う(まだ見てないが)。で、これに対して案の定、「反日だ」とか「左翼だ」とか馬鹿の一つ覚えみたいな非難を大量によこす輩がいて、その出所を暴くというのが4本目の『バッシング』である。この4本を通じて、「バッシング」という名の暴力によって異様に歪められてしまった日本の一部の世論に対して、正面から「ノー」を突きつけるスタンスが見てとれて痛快である。なお、この『バッシング』によって、民主的な考え方を否定する「バッシング」の根源が、ごく一部の人間から、割合いい加減かつ無責任な考えから発せられたもので、ボット(コンピュータの自動化アプリケーション)を使って大量に送りつけることで、自分たちの勢力を大きく見せようとしているだけだということが明らかにされる。「正体見たり枯れ尾花」であることがわかり、今の息苦しい風潮が、このような見せかけだけの脅迫に屈している状態に過ぎないということがわかる。要するに、その実態が「一部の凝り固まった考えを持つ人間によって行われる偏狭な考えの押し付け」でしかないということが明らかにされるのである。

 基本的に本書は、映像紹介本ではあるが、不穏な空気の正体を暴いたという点で画期的な書と言うことができる。本書の最後に書かれていたが、著者が所属する毎日放送自体が、経営の問題のためだろうが、(報道番組を作る)報道局を(情報番組を作る)情報局と合併させるというようなことを行っており、これは毎日放送にとっても自殺行為のように思われるが、同時に社会に対する木鐸を減らすことに繋がるのではないかとも思う。マスコミ報道は、今後さらに厳しい局面を迎えることになるかも知れない。ますます嘘やデタラメがはびこる嫌な世の中になりそうな気さえして、暗澹たる気持ちになってしまう。だが、そういう問題にも一石を投じた本書は、それゆえにこそますます大きな価値を持つと言うことができる。

-政治-
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