「集団の思い込み」を打ち砕く技術
なぜ皆が同じ間違いをおかすのか

トッド・ローズ著、門脇弘典訳
NHK出版

自分の感じ方を大切にしようという議論

 書かれていることは割合ありふれているが、かなり画期的な論考である。

 多くの人は実は「倫理的に正しいこと」を好むのだが、「自分以外の大勢は現実的(あるいは利己的)なことを支持しているのだろう」と思い込んでしまう。このようなことが日常的に多々発生していると著者は言う。だが実際のところ、個別に調査してみると、自分以外の大勢も「倫理的に正しいこと」を支持しているということが多いらしいのだ。つまり大勢の人の中にこういった誤った予断があり、それによって誤った世論が形成されてしまうことが多い、特にSNSが影響力を持つ現在のネット社会ではそれが顕著であると著者は言うのである。大勢の人々の中に横たわるこのような予断を著者は「集団的幻想」と呼んでいるが、「集団的幻想」が存在するということを意識した上で、我々は自身の感覚を信じて、自らが正しいと思うことを主張すべきである。それが誤った世論の形成を阻むことに繋がるのだというのが、本書での著者の主張である。

 著者によると、人は多数派に従う傾向があり、たとえ違和感を感じる意見であっても、多数派の意見が正しいと信じ込んでしまうことが多いらしい。そのため、誤った標準である「集団的幻想」が存在する状況であれば、自分がどう感じているかに関係なく、その幻想が正しいのだと思い込んでしまい、それが自分の考え方・感じ方と違っていれば、自分の方に誤りがあると思い込み口をつぐんでしまう性質が人間にはあるという。つまり人間は、思っている以上に、多数派(と感じているもの)に付和雷同してしまいがちなのである。

 目の前でいじめやハラスメントが行われていても、大勢がそれに賛同していると思い込んで見て見ぬ振りをするなどというのがこれに当たる。実際は多くの人は、こういう行為は不当だと思っているのだが、それに気付かず(あるいは意図的に目をそらし)「集団的幻想」に従ってしまうなどということは実際よく起こっている。ネットの世論についても、(倫理的に許容できないような)多数派の意見が席巻してしまうことがきわめて多い。それを見越してかどうだか知らないが、ボットなどを利用し多数派を装って、偏った意見をまき散らすような不埒な勢力もある上、それに乗じ煽ってバカ騒ぎをする一般大衆も存在する。実際は多くの人は、倫理的な行動を支持しており、目の前のこういった行為や流れには賛同していないのだが、大衆が支持するのならばそれが正しいのだろうと思い込み、それを許容してしまうというのが、諸悪の根源だとするのが著者の主張である。

 この著者の主張は、感覚的に納得する部分が多く、モヤモヤが晴れるような思いさえする。したがって著者の言うように、周りに流されず、自分で考えて正しいと思う意見を主張することが第一であり、一人一人がそういう行動を取ることで、歪んだ世論の是正が可能になるという考え方については、100%同意する。僕自身も今後、そういう態度で世間の風潮に対峙していくべきだとあらためて感じた。

 本書では、以上のようなことが、さまざまな実証データ(他者の実験や論文)を引用しながら述べられている。米国製のこの種類の本によく見られる傾向だが、本書も全体的にやや散漫で冗長な印象を受けるが、テーマが一貫しており、また同時に議論の展開が非常にスリリングであるため、途中で飽きるということはない。自分の生き方、人間のあり方、周囲との関わり方などを見直す上で、きわめて有用な書で、目からウロコが落ちるような思いがする快著であった。

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