五重塔

幸田露伴著
岩波文庫

雅俗折衷体だが意外に読みやすい

 幸田露伴の代表作である。

 腕はピカイチだが風采の上がらない下働きの大工、「のっそり」十兵衛が、谷中感応寺で五重塔が創建されるという話を聞いて、自らの手で建ててみたいと住職に申し出るために、いろいろと周囲との間で軋轢あつれきが生じるというストーリー。大変よくできたストーリーなんだが、実はモデルがあるらしく、谷中天王寺の五重塔を建てた八田清兵衛がそれという。話が非常に具体的に展開するのはそのせいかと納得。

 文章は、地の文が文語体、会話文が口語体という雅俗折衷体で書かれているが、概ね普通に読んで理解できる。一部難解な箇所があるが、当時の決まり文句を使っていたりするためで、これ自体は文体のせいではなさそうである。文章自体は読みやすいように感じる。

 特に其十三の

「再度三度かきくどけど黙々としてなほ言はざりしが、やがて垂れたる首を擡げ、どうも十兵衞それは厭でござりまする、と無愛想に放つ一言、吐胸をついて驚く女房。」

などの表現は、和らいだ空気に急に緊張感を走らせるシーンで、実に見事な描写である。「どうも十兵衞それは厭でござりまする」というセリフも大変よろしい。

 文庫本で120ページ程度の中編小説であるが、全編コンパクトによくまとめられており、展開に無駄がない。緊張感が持続するため、読むのも苦にならない。日本の近代文学黎明期に書かれたものだが、大変によくできた作品で、あるいは小説の手本と言って良い作品かも知れない。

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