日本文学史 近代・現代篇〈一〉

ドナルド・キーン著、徳岡孝夫訳
中公文庫

近代日本文学の変遷が手に取るようにわかる

 ドナルド・キーンの畢生の大作、『日本文学史』の第四巻は、いよいよ明治期である。この近代編は、退屈だった『日本文学史 近世篇〈三〉』と比べると破格の面白さである。題材自体が日本近代文学の黎明期であるだけでなく、西洋から入ってくる文学に対して日本の文化人たちがどのように反応していくかという過程も描かれる。

 第1章が「文明開化」で、著者は、江戸末期頃から明治初期頃が文学的に不毛だったという自説を展開する。そういう中で唯一盛んだったと言えるのが漢詩文であり、これは武士のたしなみとして行われていたためであるが、盛んであっても文学的に優れたものはほとんどないとする。これが第2章「明治の漢詩文」である。

 こういう不毛の時代を過ぎ、やがて翻訳の時代が始まる。第3章「翻訳の時代」では、西洋の翻訳書がもてはやされる時代が描かれ、第4章「明治政治小説」では、やがてそれがロマンティックな政治小説として発展していく段階が描かれる。こうして文学が見直される時代にはなったが、質的にはどれも低く、社会的価値はいざしらず文学的価値があるとは言えないような作品が多い。この章では、矢野龍渓の『経国美談』や東海散士の『佳人之奇遇』などが紹介されるが、こういった作品群は、タイトルは知っていても中身についてはまったく知らないため、僕にとっては非常に新鮮な情報であった。著者が展開する論述も非常に興味深いところである。

 このような文学的低迷状況を変えたのが、坪内逍遥の『小説神髄』で、『小説神髄』は今読むとそれほど目新しさは感じないが、しかし当時の文学青年に与えた影響は甚大で、二葉亭四迷もそれに触発されて言文一致体で小説を書く(『浮雲』)という快挙に出る。この辺の事情を描いたのが第5章「坪内逍遥と二葉亭四迷」。

 東海散士の『佳人之奇遇』が発表され、『小説神髄』が発表されたのが1885年(明治18年)だが、この年もう一つのエポックが日本の文学界に起こる。文学を志す若者たち(このとき同人だった尾崎紅葉も山田美妙も17歳!)が結成した結社「硯友社」がそれで、彼らの機関誌『我楽多文庫』を通じて、新感覚の小説が多数発表されていく。これが第6章の「硯友社」。さらにそれに続くのが、ロマン主義的な小説を発表した北村透谷(第7章「北村透谷とロマン派」)、さらには第8章から第10章までは、幸田露伴、樋口一葉、泉鏡花を順に取り上げていく(「幸田露伴」、「樋口一葉」、「泉鏡花」)。各章では、それぞれの作家の経歴や時代背景との関わり、代表作、その魅力などが著者独自の視点で描かれていき、どの項も迫力を持って迫ってくる。どれひとつ取っても評論として優れたものであるが、同時に読者を惹きつけてやまないその筆力にも感心する。そのため、先の『日本文学史 近世篇〈三〉』と違い、今回はかなり速いペースで読み進めていくことができた。『近代・現代篇〈二〉』では、いよいよ自然主義から白樺派に至るまでが扱われ、近代日本文学史における一つの頂点が描かれることになる。

-文学-
本の紹介『日本文学史 近代・現代篇〈二〉』
-文学-
本の紹介『日本文学史 近代・現代篇〈七〉』
-文学-
本の紹介『日本文学史 近世篇〈一〉』
-文学-
本の紹介『日本文学史 近世篇〈二〉』
-文学-
本の紹介『日本文学史 近世篇〈三〉』
-文学-
本の紹介『日本近代文学入門』
-文学-
本の紹介『浮雲』
-文学-
本の紹介『怪談 牡丹燈籠』
-文学-
本の紹介『五重塔』
-文学-
本の紹介『にごりえ・たけくらべ』
-文学-
本の紹介『高野聖・眉かくしの霊』