俘虜記

大岡昇平著
新潮文庫

面白い部分もあるにはあるが
全体的に冗長で読みづらい

 映画の『野火』を見て大岡昇平に興味を持ったため、彼の実体験を知るべく、ノンフィクションに近い『俘虜記』を読んでみた。

 『野火』については、映画で見て感心したクチで、原作は読んでいない。基本的にフィクションについては映画で見られるものは映画で見たいと思っているため、『野火』についても原作を読む気はあまりなかったのである。ただ方々の描写がかなりリアルであり、消息筋によると、著者があちこちで体験したことや戦友に聞いたことが基になっているという話なのだ。だから創作の要素を極力抜いた、著者の生の経験が書かれているものがあれば読んでみたい……と探していたところ、この『俘虜記』に当たったというわけ。

 さてこの『俘虜記』の内容だが、著者の大岡昇平がフィリピンのミンドロ島で太平洋戦争に従軍し、マラリアで死にそうになっているところを米軍に捉えられて、捕虜になった経験を時系列で書いたもので、著者の経験を表現したものとしては生の状態に近いと言える。内容も非常に具体的で、捕虜施設内での日常や人間関係までが明らかにされる。ただし記述はほとんど日記みたいな内容で、あまり読みやすいとは言えない。

 たとえば収容所内部の様子が事細かく描かれているんだが、「図でもあれば分かりやすいのに」などと思っていると「図がないと分からないのは読者の読解力が低いためだ」などと書かれていたりする。全体的にこういった記述が多く、それがためにあちらこちらに独善的な印象が残る。文章も決してうまいとは言えず、読みづらい。文章として売るのであれば、人に話を聞かせることを念頭に置いてわかリやすい文章を書いてもらいたいものだと、読解力の低い一読者は思うのである。

 本書で紹介される捕虜施設内での生活については概ね想定内で、米軍が捕虜を非常に紳士的に扱っているのが印象的である。著者も米兵と普通かつ対等に交流している。収容所内部では、当初戦時の階級が重視されて、それに応じた役割が捕虜たちに割り振られるが、時間が経つにつれて、各人の評価はその人の人間性がものを言うようになるという。一方で配給物(煙草が中心)を使って取引が行われたり、あるいはそういう物資をため込む者まで出てくる。しかも博打でその「財産」をなくしてしまう者さえ出てくる。要するに配給物が貨幣の代わりとして流通しているわけだ。終いには賭場が定期的に開帳されたりもする。また、捕虜の中には女役になる者まで出てきて、それが力のある者の寵愛を受けたりするというんだから恐れ入る。要するに、人が集まるとそれなりの社会が自然にできるということらしいのだ(こういう閉ざされた社会は一種の実験場と言える状態になる)。

 この本にもそういった面白い発見があるにはあるが、全体的には他人の誹謗や人物評価などが多く、読んでいてうんざりする箇所も多い。こういう話が500ページ近くにわたって延々と展開されるのである。こういう点もこの本の独善的な印象を増大させている。

 元々は複数の媒体に発表された短中編が本書の基になっており、これが『俘虜記』、『続俘虜記』、『新しき俘虜と古き俘虜』の3冊としてかつてまとめて発表されたらしい。この3編をすべて集めたのがこの文庫版ということになる。記述は総じて冗長で、最初の『俘虜記』と最後の「帰還」だけ読めば良いような気もするが、まとまった形で存在するのはもちろん無意味なことではない。だが全部読む必要があったかどうかは、読み終わった今となってははなはだ疑問である。

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