ビギナーズ・クラシックス 保元物語・平治物語
日下力著
角川ソフィア文庫
『保元物語』と『平治物語』は
『平家物語』と同じ書なのか
『ビギナーズ・クラシックス』シリーズは、最近ではかなりマニアックなラインナップになってきているが、本書の素材である『保元物語』と『平治物語』も一般的に扱われることが比較的少ない類の古典作品であり、「マニアックなラインナップ」の類に入るんではないかと思う。僕自身、もちろん存在は知っているし、内容も保元の乱と平治の乱を扱っていると概ね想像が付くんだが、それでも『保元物語』と『平治物語』に直接接することはまずない。そのため今回、歴史の勉強を兼ね、一つ接しておこうと考えて、本書に当たったわけである。
一番驚いたのが、『保元物語』と『平治物語』は、『平家物語』と同列の作品だったのではないかという記述で、『平家物語』自体もかつては、『保元物語』、『平治物語』同様、その断片が年号で呼ばれていたという説が紹介されていたことであった。実際『平家物語』が、さまざまな同時代文献の中で『治承物語』と称せられている例が、本書冒頭の「物語の世界」の節で紹介されている。また『平治物語』が、『平家物語』と同様、琵琶法師によって語られていたことを示す資料もあるらしい。こういったことを考えあわせると、『保元物語』、『平治物語』、『平家物語』は一つの物語、あるいは一連の物語と考えることができる。また『保元物語』と『平治物語』は『平家物語』と文体も似ており、いわゆる和漢混淆体で、非常に読みやすい。教育の現場でもっと取り上げられてもおかしくない素材だと感じる。
保元の乱と平治の乱は、平清盛が台頭するきっかけになった事件で、歴史的には重要だが、なんせ当事者が非常に多くしかも関係が入り乱れていて、なかなか把握しにくい。平氏と源氏の中でも勢力が二分する上、天皇家も摂関家も勢力が二分し、それぞれが利害によって集結し、あるいは滅びあるいは居座りという政治の縮図がそこに現れる。したがって、登場人物さえしっかり把握できれば、内容はかなり面白いと思う。しかも超人、鎮西八郎源為朝なども登場し、彼に関するスリリングな記述も『保元物語』にはある。僕自身は為朝が登場する『保元物語』の方が面白いと思ったが、本書では『平治物語』にも『保元物語』と同程度のページが割かれている。そのため分量も結構あり、本としては結果的に相当な大サービスになったと言えなくもない。ただ当然のようにかなりのダイジェストになっているが、それは致し方ないところ。
例によって、各項ごとに現代語訳、原文、解説の順で並べられており、僕としてはこの順序が毎回読みづらく感じるが、この方が良いという人もいるかも知れないので、その点は何とも言えない。解説やコラムは非常に懇切丁寧で、図版も活用されており、しっかりした作りの大変親切な本という印象を受ける。そのため、『保元物語』、『平治物語』の入門書としては絶好の本である。この作品やこの時代に関心のある人にとっては、十分楽しめる本であると断言できる。