出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記
宮崎伸治著
フォレスト出版
非常識で自己中心的な集団には
近づかないことが重要とあらためて考える
これまで60冊以上も翻訳してきた出版翻訳者の半生記。
出版翻訳者へのあこがれから、脱サラして語学留学し、帰国後(営業活動に精を出した結果)ついに出版翻訳者になって、売れる本を順調に翻訳してきたが、その裏に出版社からの非常識な扱いがあった……というのが本書の趣旨である。
非常識な対応の例としては、仕事がすべて終わった後に印税を6%から5%に値切ってくる(通常の感覚であればこれは重大な契約違反である)、出版が近いからという理由で翻訳を異常に急かされたにもかかわらず、いつまで経っても出版されない(つまり印税収入が入ってこない)、翻訳者名を出すという約束で仕事を依頼してきたにもかかわらず実際には出されなかったなどということがあり、特にこの著者の場合、そういう問題がたびたび起こっている。どの事例も、商取引において絶対にあってはならないことであり、そういうことを平然と行う出版社、編集者には驚き呆れるばかりで、耳を疑うばかりである。
なぜこういうことが起こるかというと、契約書をちゃんとかわしていないからで、もちろんこれは出版社の多くに口約束で物事を決めるという慣行がはびこっていたためである。仕事を受ける側は、出版社との関係を悪くしたくないためあえて契約書を求めたりしないが、それにつけこんで、問題のある出版社や編集者が無理難題をふっかけてくるということが起こる。ただ著者の場合はそれが異常に多く、それは値切られた場合にそれに応じてきたせいもある(本人も反省しているようだが)。もちろんこういった出版社の悪行は決して許されることではなく、本書では仮名にして名前を伏せているが、今後の被害の拡大を防ぐ意味でも、すべて名前を明らかにすべきではないかと僕自身は感じる(ただ調べてみればわかるものもある)。
著者は、あまりにひどい扱いを受けたケースで調停の申し出を行ったり訴訟を起こしたりしており、そのいきさつについても詳細に書いているため、このような事例に巻き込まれた際の参考にはなるが、明らかなのは、訴訟を起こしたところでかなり消耗する上、名誉以外、得られるものがあまりないということである。そしてそこにつけこんでくるのが世間の悪徳業者であり、それを考えると、(著者のように)誰かが捨て石になって訴訟を起こすことにも大きな価値があるわけだ。
ともかくこの本では、こういった気分の悪い事例が立て続けに出てくる上、著者自身にも問題があるのではないかと感じさせるところもある。読んでいてあまり気分の良い本ではないが、悪徳業者に関わらないための警鐘としての役割は十分に果たしている。出版関係者や翻訳代理店と関わり合いになる可能性のある人は読んでおいて損はないと思う。